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暮らしてみたアメリカのこと。留守にしていた日本のこと。

小説の話

読みかけたままの小説が増えている。以前は一度手にしたら、ちゃんと最後まで読み通したのに。 好きな作家の作品でも、途中でつまらなくなると止めてしまう。こんなはずじゃないと思ってもう一度トライしても続かない。いとうせいこうの「我々の恋愛」も、小…

いいね

承認欲求を捨てなさい。ブッダはそう説いた。 でもSNSを覗くと、誰も彼もが承認中毒気味に見える。 「私、病気かもしれない」 知り合いのカメラマンが、聞き捨てならないことを言う。 「褒めらわないとやっていけないの」 一緒に写真を展示したことのある彼…

大岡信の「地名論」

授業中の教授がそわそわし始めた。顔を赤らめている。 もったいぶった前置きの後、おもむろに詩の暗誦を始めた。 ポーの「アナベル・リー」だった。 大の大人が若者に向かって詩の朗読することの気恥ずかしさは、自分がおじさんになった今なら理解できるけど…

ディア・アメリカ

アニメでもSF映画でもいい。空を飛ぶ巨大な乗り物が不時着する場面がある。 例えば宇宙船。風が吹き荒れ、辺りは轟音に包まれる。 周りのものすべてをなぎ倒して、地面を削りながらスライドしてゆくカタストロフィックなシーン。 止める術はない。 アメリカ…

坂の途中

作家の丸谷才一は、坂のある町が好きだった。家も坂の近くを選んで住んだらしい。確かそんなことを書いたエッセイがあった。 私は住まいを決めるときに、坂のあるなしは考えなかったけれど、思い返してみると、確かに勾配の多い土地での暮らしは楽しかったよ…

私の浪費癖

イヤホンに浪費してしまう。しょっちゅう断線するし、うっかり置き忘れたりして長く持てない。ないと通勤が退屈になるので、また新しいものを買い求める。 音圧とか再生周波数帯域とかリケーブルとか、くわしくは語れないけれど、ものによって聞こえる音の違…

飲み会で言えなかったセリフ

「あのさ、せっかくの場がしらけるし、正論振りかざすのは嫌なんだけど、やっぱり言わしてもらうわ。さっきからそれで何回も笑いとってるし。大体こういう笑いがあるから本性を隠すんだよ。 一人二人の大声で言う悪口より、こうやって大勢でなんとなく笑うほ…

究極のPC

「どれがあなたの赤ちゃんですか?」 振り返ると、大柄な黒人男性が立っていた。 彼がそこにいるのは知っていた。しばらくのあいだ二人で、窓越しの新生児たちを黙って眺めていたから。もうすぐ夜が明けるころだった。 私は自分の娘が寝ているベットを指差し…

ここではないどこか

地方の出の人ほど、東京に住みたがる。それもお洒落とされる区や駅の近くに。 なんて書くのは、やっかみが半分。東京の住まいに手がでない私は、自分の生まれ育った神奈川県の戸塚という街に戻り、そこから毎日長い時間をかけて東京駅まで電車通勤している。…

A Night in Hiroshima

アメリカには現在、2000発を越える核弾頭が配備されている。未配備や解体待ちを含めると、7000発以上の核弾頭があり、それが相変わらず他国への脅威になっている。そのことを私たちは知っている。 アメリカ政府は今、爆発力を制御し、狙いをより正確に定めら…

6秒の沈黙

トイレに行っていなかったのは失敗だった。小学生の卒業式を甘くみていたわけじゃないけれど、こんなに厳かな雰囲気で、こんなに長い時間やると思っていなかった。 そうは言っても、子供だってちゃんと座っているのに、大人の私がガサガサと席と立っておしっ…

ショーンKに告ぐ

甘いルックス、渋い声、一分の隙もない服装。「報道ステーション」に彼が出てくるたびに、なんとなく身構えたものだ。出来すぎ感が強すぎて、肝心なコメントが印象に残らない。 そのショーン・マクアードル・川上氏、学歴詐称が明るみに出た数日後に涙の声明…

放浪後記

「ジャングル、行きてぇ」と言った彼女の眼が光った。 自分よりひと回り半も若いとはいえ、旅に出たいと言って力むような年齢でもない。でもティーンのころから海外で暮らしてきた彼女にとって、東京はもともと一時的な腰掛けの場所なのかもしれない。 「別…

ゲスマップのきわみやざきよはら

べッキー・ゲスの極み→SMAP→清原→イクメン議員、ときたここまでの2016年… なんてスラスラ書けるくらい、つまりゴシップにだってちゃんと通じられるくらい、日本での暮らしにどっぷりと浸っている。帰国してもうすぐ3年になる。 でもベッキーとローラをずっと…

ナショナル・アンセム

その「事件」は高校入学のオリエンテーション合宿で起きた。 長い一日の終わりにキャンプ・ファイアがあり、クラスごとに歌を披露することになっていた。 次々に発表が終わり、最終組だった私たちが立ち上がった。他のクラスのように流行り歌にすればいいの…

あの交差点を守れ

最近まで渋谷に通勤していた。同僚の中には「若者の街」の喧噪を嫌う者が多かったけれど、私には楽しい風景だった。 自分の住んでいる街にやたら老人が多いので、若い者たちが戯れるのを見てほっとしていたのかもしれない。 スクランブル交差点を渡るのも嫌…

香港日記

Day 1 出張で初めて香港へ。キャセイ・パシフィックという航空会社を使った。ほぼ中央に座っていたけれど、反対の通路からアプローチされている隣の人には「チキン」か「フィッシュ」のチョイスも「赤ワイン」か「白ワイン」のチョイスもあったのに、「フィ…

ハロー、アゲイン

「何となくスゴそうな国から、何となくバカそうな国になってしまった」 アメリカという国を評してこう表現したのは、確か評論家の内田樹だった。その文章が書かれたのは10数年も前の話だ。 私がその本を手にとったのは3年ほど前のことで、場所はアメリカの…

The Things I Carried

アメリカで働いているとき、カメラのバッグに常備している紙きれがふたつあった。 ひとつは抗議の文言。公であるべき集まりから閉めだされそうになったとき、その場できちんと抗議できるように、例文を持ち歩いていた。 「議長 (あるいは裁判長) 殿。この場…

ふたりの花嫁

気がつくと、目の前で花嫁が歌っていた。 テレビの前で寝落ちしていたのだが、画面の中の女はスポットライトを浴びて熱唱していて、なぜかド派手なウェディングドレスを着ている。浜崎あゆみという歌手らしい。 純白のドレスを身に纏ってロックンロールを歌…

Mr. プレジデント!(2)

急な動きをしない。これはアメリカの大統領、副大統領、そして彼らの家族を取材するときの鉄則だ。 同僚のジェフ・ウィルキンソンは、そのことを忘れていたらしい。当時の副大統領夫人、ティッパー・ゴアのインタビューを終えた後、聞き忘れた質問があること…

Mr. プレジデント!(1)

3人のアメリカ大統領にそれぞれ一度づつ、手を伸ばせば触れられる距離まで近づいたことがある。言葉を交わしたわけではなく、大勢いた取り巻きの一人だったけれど、どの時も深く印象に残っている。 ビル・クリントンは現役中から「ブラック・プレジデント」…

別れの流儀

早朝の渋谷には、平日でも朝帰りの若者がたくさんいる。週末になるとその数はさらに増える。 飲み明かした10代、20代が集団で駅へ向かう光景はなかなかだ。「楽しかったんだろうな」と思わせる者がいる一方で、完全に酔いつぶれていて「大丈夫か?」と余計な…

マリー・エレン・マーク (写真について 5)

先月の末、マリー・エレン・マークが亡くなった。その死を海外メディアは一斉に伝えた。こんな扱いを受ける写真家は世界に何人いるだろうか。彼女が指折りだった証拠だ。 私は彼女に一度会ったことがある。そして思いきり睨まれた。 アメリカ・メーン州のロ…

サン・キル・ムーンに逢えた夜

「俺の新しいアルバムのどこがいいんだ?教えてくれ」 サン・キル・ムーンことマーク・コズレックがステージの上から尋ねた。 一瞬の沈黙の後、"Honest! (正直なところ)" と誰かが叫ぶ。 そこに "Brutally. (痛々しいほどに)" と付け加えたかったが、私に大…

Happiness Is A Warm Gun

先日、見たくないものを目撃した。 近所の大通りを駅に向かっていると、目の前をゆっくりと歩いているお婆さんがいた。傍らには孫娘らしきよちよち歩きの年の頃3、4歳の女の子。すると、ふたりの横に一台の業務用トラックが信号待ちのため停まった。助手席…

皆殺しのバラード

街角で見かけたポスターのタイトルだ。落ち窪んだ眼をした白髪混じりの男が歌っている。あるミュージシャンのドキュメンタリー映画だという。 私はそこで初めて山口富士男の死を知った。 1960年代の「ザ・ダイナマイツ」、70代の「村八分」、そして80年代の…

ラフォーレで健診

東新宿の小綺麗なビルに到着すると、ロビーには出迎えがいた。 スーツを着た女性は、私の来訪の目的を確認しながら素早くエレベーターのボタンに手を伸ばした。エレベーターの降下を待つ間、彼女は少し離れたところで半身に構えていた。話しかけたら機敏に対…

偏向報道と私の偏見

兵庫県西宮市の今村岳司市長が発表した、偏向報道への対策が議論を呼んでいる。 今後メディアの取材を受けるときは、市の職員もその様子をビデオで撮影をするという。そして、報道が偏っていると市が判断した場合は、その特定の報道機関の取材には一切応じな…

ファーガソンについて

ひと月ほど前、黒人少年を射殺した白人警察官がアメリカのミズーリ州で不起訴になり、各地で暴動やデモが起こった。 私の同僚によると、「全米が震撼」というフレーズは日本のメディアで最も多用される見出しのひとつらしいが、この話題にもあちこちで使われ…

湘南新宿ライン 3

おっさんの耳たぶなんか見たくない。おねえさんのうなじだってそんなに近くで見たくない。 誰のであれ、しみや産毛やほくろは見たくない。 つり革広告に助けを求めたり、目を閉じたり。スマホや文庫本に逃げるのが一番だけど、激混みの状態ではそれすら許さ…

偶然のことば

自分より年下が多い職場にいるからだろうか、同僚から恋愛相談をもちかけられることがある。たいしたアドバイスはできないので、話しを聞くぐらいなのだが、嘆いたり喜んだりくるくる変わる若い人の顔は端で見ていても気持ちがいい。こういう感想を持つこと…

撮らない至福

「最後の最後で、写真はどうでもよくなったんだ」 ケビン・リヴォリはテーブルの上に並んだモノクロのプリントの前で静かに言った。続けて「わかるだろ?」と同意を促した。 ニューヨーク州のロチェスターにある新聞社だった。仕事の面接に訪れていた私に、…

参観ブルース

娘の授業参観に行ってきました。彼女の小学校は私が通った小学校の近くにあります。 教室の広さは変わっていないので、生徒数の少なさが目立ちました。50人近くいた私の頃と比べるとほぼ半数。当時は机で埋まっていた教室の後方もぽっかり空いていて、親たち…

ベースボールとジャズと憲法と

ケン・バーンズという米国人がいる。ドキュメンタリーの世界の大御所で、彼が好んで使う写真接写のスローモーションは「ケン・バーンズ効果」と呼ばれ業界用語にもなっている。 彼曰く、アメリカには三つの偉大な発明がある。野球、ジャズ、そして合衆国憲法…

海辺にて

「僕みたいな人間をメンバーにするクラブには入りたくないね」とはウディ・アレンのよく知られたジョーク。いかにもな自虐ネタだけど、それは彼に「ユダヤ人」というクラブのレッテルを常に貼りたがる周りへの皮肉であり、異議申し立てでもある。 アメリカの…

いるのかどうかわからない

仕事に行き詰まりを感じたその日、私は昼休みを使って職場近くの公園を散策した。先月のことだ。 ベンチでくつろぐ人のなかに、サックスを黙々と吹く青年がいたので、私は自分が高校生の頃見た風景を思い出した。渋谷にはときどきレコードを買いにきたが、そ…

かわいい子の旅、一人ぼっち

お盆休み前の電車は空いていた。それでも通勤風の乗客は多く、私も仕事に向かう途中だった。 空いている席に腰を下ろして本を読んでいると、誰かが目の前を行ったり来たりする。顔を上げると年の頃7、8才の少年だった。カバンと水筒をたすき掛けにして、ど…

ヒロシマにまつわる個人的なエピソード

8時15分から始まる黙祷には、何か特別なものがある。 小さいの頃そう感じていたのは、何も私が8月6日生まれだからではない。 ただ、その日はいつも夏休みなので学校がなく、朝から家でテレビを見ていることが多かった。すると群衆が一分間こうべを垂れるあの…

ファンの愚痴

今となってみれば、「自分たちのサッカーをする」という選手たちの言葉はとても稚拙に聞こえる。まるで人生経験の浅い若者が、「自分らしく生きる」と宣言したみたいだ。誰が言い出したのか、このフレーズは繰り返し使われ、私たちファンは甘い夢をみた。 ど…

その華麗なる手口

私は今、とても人気がある。 知らない人たちからひっきりなしにメールが届き、写メを見てくれだの、ひと目会ってくれだの、何でもいいからとにかく連絡をくれだの、引く手あまたなのだ。 かる~くて卑猥な誘いがほとんどだが、なかには深刻な悩み相談もある…

ジュリー(写真について 4)

先日アメリカの友人と再会した。彼女はこの2、3年ほど体調を崩していたので、まさかこのタイミングで、しかも日本で会えると思わなかった。 待ち合わせ場所の東京駅に着くと、ブルネットのショートヘアの後ろ姿が見える。スレンダーで、ちょっと猫背。傍らに…

してやられた

ナイアガラ国際映画祭が始まったのは、90年代後半のこと。カナダの、今でもかなりマイナーな映画際だけれど、初年度は特に小さな催しだった。 滝の近くのホテルで開かれた前夜祭に行くと、名前も顔も知らない俳優や映画監督が談笑していた。彼らの写真を撮っ…

ボン・イヴェールが好きな3つの理由

音楽家は音楽評論家が苦手らしい。「あいつらは元々ミュージシャン志望だから、心のどこかでオレたちに嫉妬しているんだ」と言うロックンローラーさえいる。しかし彼らの作品を広く知らしめるには評論家の後押しも必要だ。作家と文芸評論家の間柄みたいなも…

全世界的なエントリー

私には20代の甥が二人いる。どちらもしっかりした好青年だ。上の彼はすでに就職していて、最近結婚して子供も産まれた。 その彼の勤め先がアメリカでも事業を展開しているという。 「じゃ、いずれはあっちに?」と尋ねると、「いや、別に」という返事。 外国…

捨てぜりふのすすめ

チャックは辛口な男だ。他人に口厳しい分、逆に口撃の標的になる。 先日のパーティーでも小賢しいことを言われて冷笑された。周りでも小さな笑いが起き、恥をかいたと思いきや、起死回生、彼はもっと辛辣な言葉でやり返す。相手は愚の音も出ず周りでは大きな…

メディア・ストーム

アメリカでは小さな街に住んでいたので、日本人が大勢で訪れると、それだけで地元のニュースになることがあった。 日本の色々なことに飢えていた私は、取材にかこつけて彼らに会いに行った。 学生と言葉を交わしたりビジネスマンと名刺を交換したりした。あ…

山田町再訪

「生きたかったら逃げろ」 何本目かの煙草をくゆらせながら、ボソッと東海林さんは言う。 「で、年寄りから先に見捨てろ」 彼にも家族がいる。だから「自分でもできっかわかんねぇけどな」とつけ加える。 あの日、彼の家族は海から遠いところにいた。自営の…

それはそれですごいこと

「岩部高明様ですね? お待ちしておりました」 大袈裟でなく、でも事務的すぎない。暖かいけれどクールに抑えが効いている。それがあまりにも絶妙な挨拶だったので、到着した仙台のビジネス・ホテルのフロントで、私は彼女に本当に待たれていたような気持ち…

続・繰り返すことの難しさ Part III

私は映画『スター・ウォーズ』を観たことがない。そのことをパーティの席で口にすると、目の前のアメリカ人に「お前はそれでも人間か?」と言わんばかりに驚かれた。 「『ゴッド・ファーザー』なら全部観てるよ」と切り返したが、その意味するところが彼に伝…