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暮らしてみたアメリカのこと。留守にしていた日本のこと。

赤信号

仕事帰りの夜道で、車に轢かれそうになった。 いや、ちょっとそれはオーバーか。赤信号の横断歩道を渡る私に、ドライバーがたぶん意地悪をしたのだろう、車を目の前まで寄せてきたのだ。それだけのことだったのに、ぼーっとしていた私は飛び上がらんばかりに…

肩がふれたら

ある匂いを嗅ぐと、特定の記憶が蘇るという「プルースト効果」は、よく聞く話だ。 ではある行動をとると、必ず思い出す人がいるというのはどうだろう? 私にはいくつかそのパターンがある。 洗面所に立ってうがいをするとき、なぜか決まって思い出すのはあの…

小説の話

読みかけたままの小説が増えている。以前は一度手にしたら、ちゃんと最後まで読み通したのに。 好きな作家の作品でも、途中でつまらなくなると止めてしまう。こんなはずじゃないと思ってもう一度トライしても続かない。いとうせいこうの「我々の恋愛」も、小…

いいね

承認欲求を捨てなさい。ブッダはそう説いた。 でもSNSを覗くと、誰も彼もが承認中毒気味に見える。 「私、病気かもしれない」 知り合いのカメラマンが、聞き捨てならないことを言う。 「褒めらわないとやっていけないの」 一緒に写真を展示したことのある彼…

大岡信の「地名論」

授業中の教授がそわそわし始めた。顔を赤らめている。 もったいぶった前置きの後、おもむろに詩の暗誦を始めた。 ポーの「アナベル・リー」だった。 大の大人が若者に向かって詩の朗読することの気恥ずかしさは、自分がおじさんになった今なら理解できるけど…

ディア・アメリカ

アニメでもSF映画でもいい。空を飛ぶ巨大な乗り物が不時着する場面がある。 例えば宇宙船。風が吹き荒れ、辺りは轟音に包まれる。 周りのものすべてをなぎ倒して、地面を削りながらスライドしてゆくカタストロフィックなシーン。 止める術はない。 アメリカ…

坂の途中

作家の丸谷才一は、坂のある町が好きだった。家も坂の近くを選んで住んだらしい。確かそんなことを書いたエッセイがあった。 私は住まいを決めるときに、坂のあるなしは考えなかったけれど、思い返してみると、確かに勾配の多い土地での暮らしは楽しかったよ…

私の浪費癖

イヤホンに浪費してしまう。しょっちゅう断線するし、うっかり置き忘れたりして長く持てない。ないと通勤が退屈になるので、また新しいものを買い求める。 音圧とか再生周波数帯域とかリケーブルとか、くわしくは語れないけれど、ものによって聞こえる音の違…

飲み会で言えなかったセリフ

「あのさ、せっかくの場がしらけるし、正論振りかざすのは嫌なんだけど、やっぱり言わしてもらうわ。さっきからそれで何回も笑いとってるし。大体こういう笑いがあるから本性を隠すんだよ。 一人二人の大声で言う悪口より、こうやって大勢でなんとなく笑うほ…

究極のPC

「どれがあなたの赤ちゃんですか?」 振り返ると、大柄な黒人男性が立っていた。 彼がそこにいるのは知っていた。しばらくのあいだ二人で、窓越しの新生児たちを黙って眺めていたから。もうすぐ夜が明けるころだった。 私は自分の娘が寝ているベットを指差し…

ここではないどこか

地方の出の人ほど、東京に住みたがる。それもお洒落とされる区や駅の近くに。 なんて書くのは、やっかみが半分。東京の住まいに手がでない私は、自分の生まれ育った神奈川県の戸塚という街に戻り、そこから毎日長い時間をかけて東京駅まで電車通勤している。…

A Night in Hiroshima

アメリカには現在、2000発を越える核弾頭が配備されている。未配備や解体待ちを含めると、7000発以上の核弾頭があり、それが相変わらず他国への脅威になっている。そのことを私たちは知っている。 アメリカ政府は今、爆発力を制御し、狙いをより正確に定めら…

6秒の沈黙

トイレに行っていなかったのは失敗だった。小学生の卒業式を甘くみていたわけじゃないけれど、こんなに厳かな雰囲気で、こんなに長い時間やると思っていなかった。 そうは言っても、子供だってちゃんと座っているのに、大人の私がガサガサと席と立っておしっ…

ショーンKに告ぐ

甘いルックス、渋い声、一分の隙もない服装。「報道ステーション」に彼が出てくるたびに、なんとなく身構えたものだ。出来すぎ感が強すぎて、肝心なコメントが印象に残らない。 そのショーン・マクアードル・川上氏、学歴詐称が明るみに出た数日後に涙の声明…

放浪後記

「ジャングル、行きてぇ」と言った彼女の眼が光った。 自分よりひと回り半も若いとはいえ、旅に出たいと言って力むような年齢でもない。でもティーンのころから海外で暮らしてきた彼女にとって、東京はもともと一時的な腰掛けの場所なのかもしれない。 「別…

ゲスマップのきわみやざきよはら

べッキー・ゲスの極み→SMAP→清原→イクメン議員、ときたここまでの2016年… なんてスラスラ書けるくらい、つまりゴシップにだってちゃんと通じられるくらい、日本での暮らしにどっぷりと浸っている。帰国してもうすぐ3年になる。 でもベッキーとローラをずっと…

ナショナル・アンセム

その「事件」は高校入学のオリエンテーション合宿で起きた。 長い一日の終わりにキャンプ・ファイアがあり、クラスごとに歌を披露することになっていた。 次々に発表が終わり、最終組だった私たちが立ち上がった。他のクラスのように流行り歌にすればいいの…

あの交差点を守れ

最近まで渋谷に通勤していた。同僚の中には「若者の街」の喧噪を嫌う者が多かったけれど、私には楽しい風景だった。 自分の住んでいる街にやたら老人が多いので、若い者たちが戯れるのを見てほっとしていたのかもしれない。 スクランブル交差点を渡るのも嫌…

香港日記

Day 1 出張で初めて香港へ。キャセイ・パシフィックという航空会社を使った。ほぼ中央に座っていたけれど、反対の通路からアプローチされている隣の人には「チキン」か「フィッシュ」のチョイスも「赤ワイン」か「白ワイン」のチョイスもあったのに、「フィ…

ハロー、アゲイン

「何となくスゴそうな国から、何となくバカそうな国になってしまった」 アメリカという国を評してこう表現したのは、確か評論家の内田樹だった。その文章が書かれたのは10数年も前の話だ。 私がその本を手にとったのは3年ほど前のことで、場所はアメリカの…

The Things I Carried

アメリカで働いているとき、カメラのバッグに常備している紙きれがふたつあった。 ひとつは抗議の文言。公であるべき集まりから閉めだされそうになったとき、その場できちんと抗議できるように、例文を持ち歩いていた。 「議長 (あるいは裁判長) 殿。この場…

ふたりの花嫁

気がつくと、目の前で花嫁が歌っていた。 テレビの前で寝落ちしていたのだが、画面の中の女はスポットライトを浴びて熱唱していて、なぜかド派手なウェディングドレスを着ている。浜崎あゆみという歌手らしい。 純白のドレスを身に纏ってロックンロールを歌…

Mr. プレジデント!(2)

急な動きをしない。これはアメリカの大統領、副大統領、そして彼らの家族を取材するときの鉄則だ。 同僚のジェフ・ウィルキンソンは、そのことを忘れていたらしい。当時の副大統領夫人、ティッパー・ゴアのインタビューを終えた後、聞き忘れた質問があること…

Mr. プレジデント!(1)

3人のアメリカ大統領にそれぞれ一度づつ、手を伸ばせば触れられる距離まで近づいたことがある。言葉を交わしたわけではなく、大勢いた取り巻きの一人だったけれど、どの時も深く印象に残っている。 ビル・クリントンは現役中から「ブラック・プレジデント」…

別れの流儀

早朝の渋谷には、平日でも朝帰りの若者がたくさんいる。週末になるとその数はさらに増える。 飲み明かした10代、20代が集団で駅へ向かう光景はなかなかだ。「楽しかったんだろうな」と思わせる者がいる一方で、完全に酔いつぶれていて「大丈夫か?」と余計な…

マリー・エレン・マーク (写真について 5)

先月の末、マリー・エレン・マークが亡くなった。その死を海外メディアは一斉に伝えた。こんな扱いを受ける写真家は世界に何人いるだろうか。彼女が指折りだった証拠だ。 私は彼女に一度会ったことがある。そして思いきり睨まれた。 アメリカ・メーン州のロ…

サン・キル・ムーンに逢えた夜

「俺の新しいアルバムのどこがいいんだ?教えてくれ」 サン・キル・ムーンことマーク・コズレックがステージの上から尋ねた。 一瞬の沈黙の後、"Honest! (正直なところ)" と誰かが叫ぶ。 そこに "Brutally. (痛々しいほどに)" と付け加えたかったが、私に大…

Happiness Is A Warm Gun

先日、見たくないものを目撃した。 近所の大通りを駅に向かっていると、目の前をゆっくりと歩いているお婆さんがいた。傍らには孫娘らしきよちよち歩きの年の頃3、4歳の女の子。すると、ふたりの横に一台の業務用トラックが信号待ちのため停まった。助手席…

皆殺しのバラード

街角で見かけたポスターのタイトルだ。落ち窪んだ眼をした白髪混じりの男が歌っている。あるミュージシャンのドキュメンタリー映画だという。 私はそこで初めて山口富士男の死を知った。 1960年代の「ザ・ダイナマイツ」、70代の「村八分」、そして80年代の…

ラフォーレで健診

東新宿の小綺麗なビルに到着すると、ロビーには出迎えがいた。 スーツを着た女性は、私の来訪の目的を確認しながら素早くエレベーターのボタンに手を伸ばした。エレベーターの降下を待つ間、彼女は少し離れたところで半身に構えていた。話しかけたら機敏に対…