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暮らしてみたアメリカのこと。留守にしていた日本のこと。

さあ、帰ろう

あまり遠くまで行くと、人はやがて家路につくことになる。
でも駅に佇むばかりで、列車には乗れない。
                                                          「ブラインド・ラブ」by トム・ウェイツ

とにかく遠くへ行きたかった。そして、ずっと帰りたくなかった。

大学を終えても就職する気持になれず、バックパックを背負って旅に出るのか、留学するのかさんざん迷った末、結局後者に決め、長居できそうに見えたアメリカを行く先に決めた。初めての海外だった。

キャンパスはアパラチア山脈のはずれにある寂れた街中あった。秋になり、友達もでき始めたある週末、地元の女の子が夜のドライブに連れ出してくれた。一時間も走ると道は険しくなり、車は漆黒の谷間に沈んだ。やがてフロント・ガラスの向こうに小さな光が無数に燦爛し始めて、それが闇中で群れている鹿の眼だということに気がついて、私は遠くに来たことを実感した。

どんなに寂しくても、いくらよそ者扱いを受けても、見知らぬ土地で見知らぬ人間に囲まれて暮らすことをいつも爽快とした私は、大学院を終えた後もインターンシップを重ね、やがて仕事に就いた。それ以来ずっと、地方紙の写真記者として食べてきた。

何度かした一時帰省を除けば、この夏、22年ぶりに日本へ帰ることになる。見つけた仕事は単年契約で、妻子を伴っての帰国は不安の家路だ。ただ、 日本を出る時にひそかに抱いていた、何か特別なことがしたいというあの気持ちはまだ胸の内にある。

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