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暮らしてみたアメリカのこと。留守にしていた日本のこと。

行き倒れ

男は手足をねじ曲げて倒れていた。突っ伏して、失禁し、まるで映画やドラマに出てくる死体を演じているような体勢で微動だにしなかった。濃紺のスーツの袖から出た右手は黒い鞄をつかんだままで、ちらりと見えた横顔はひどい鉛色をしていた。

JR渋谷駅のハチ公出口の手前の階段は、朝の通勤者で大混雑していたが、その中程で倒れている彼には誰も一瞥もくれることなく、みんな規律良く改札口に向かって行進を続けていた。彼を囲んで立つ駅員が5、6人で片側通行を必死に呼びかけている。膝まづいている駅員もいたが、誰もその男を介抱していなかった。

私はいったん改札を出たが、膝が震えてきて立ち止まった。振り返り、彼を跨ぐようにして怒涛のように階段を降りてくる群衆の表情を視線で追った。誰も彼もが普通に見えた。救急隊員6人が流れに逆らいながら現場に向かっていた。

5分ばかりそこに立っていただろうか。買ったばかりの定期を持っていることを思いだし、私はもう一度改札を通って階段へ戻った。

驚いたことに、死んだようにしか見えなかった男は、上半身を起こしていた。頬は汚れ、両目は涙目で、話しかける隊員にも無言だったが意識はしっかりしている様子だった。

先程との変化はそれだけではなかった。傍らを通りすぎる通勤者たちは彼へ視線を送っていた。驚いたり、同情したり、迷惑がったり。反応はさまざまだったが、そこに人が一人倒れていたということに対してリアクションがあり、きちんと目でコミュニケーションをとっていた。

仕事場までの道すがら、胸の内で一息つきながら、私はこの変化について考えた。群衆は倒れて動かない男には目もくれなかったのに、半身を起こしていた彼にははっきり関心を示した。なぜだろう? 

おそらく、私が最初に見たあの反応は、無関心ゆえのものではなく、見たくないものから咄嗟に目を背けていただけではないだろうか。恐怖を回避するため、そして自分を守るために。だいたい朝からストレスをマックスに上げるわけにはいかないし、気分が悪くなっても休む場もない過酷な通勤を日々続けている勤め人にとって、卒倒すること自体が他人事ではないのかもしれない。

私もあの朝もっと急いでいたら、あるいはもっと疲れが溜まっていたら、目を反らし、見なかったことにして、もちろん引き返すことなどせずに、流れに乗ってそのまま改札を出てスクランブル交差点の雑踏に飲みこまれていったにちがいない。

今朝もその階段を通った。

後頭部、背中、踵。延々と続く靴の海。唯一こちらを見ているのは、真正面の壁に掲げられた写真の女で、水着の広告コピーの横で若いモデルがエアーベットの上に寝そべっているが、大胆なポーズにもかかわらず、たたえた笑みはなぜか弱々しい。

 

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