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暮らしてみたアメリカのこと。留守にしていた日本のこと。

60分のひとり旅

20年以上海外にいたと言うと、「すごいね」と言ってくれる人がいるが、「長けりゃいいってもんでもないし」と答えると「そりゃそうだ」となる。もうひとつよくある反応が「よく帰って来れたね」で、こっちは少し説明を要するので、くどくどとなり、つい歯切れの悪い返事になってしまう。

きょうび年少の頃から日本と外国を頻繁に行き来している人は珍しくないし、趣味や仕事で海外への旅行や赴任を重ねている人は私の回りにも沢山いて、単純にそちらの方がすごいと思うが、私は高校に入った頃から外へ出たいと思うようになり、それが叶ったのが22歳のときで、いろいろな理由が重なって結果的にずいぶん長居をしたことになる。

アメリカにいる間にいろんな所へ行ったのかといえばそうでもなく、仕事で僻地や災害地に行ったことを除けば、また、住んでいた所から近場への家族旅行を除けば、旅行をする機会もあまりなかった。実は西海岸へ行ったことがない。ケルアックが「路上」で書いた道程をなぞってニューヨークからサンフランシスコまでいつかドライブしたいと思っていたし、これはまだあきらめていないけれど、子供たちにロッキー山脈を見せる機会もなく日本に帰ってきてしまった。一所にじっくり腰を落ち着けて... などといえば聞こえがいいが、私は単なる出不精なのかもしれない。

でも「究極の旅は、近所へのお使いでもできる」というようなことを日野啓三がどこかに書いていたはずだ。引っ越しで本を処分してしまいわからないけれど、ともかく、若者にありがちな「ここではないどこか」的な脱出願望に取り憑かれていた私は、旅について書かれた本を読み重ねた時期があった。そのスピリットを見習えば、私は今日、ちょっとした旅行に出たことになる。

この夏に引っ越してきた街は、私が生まれ育った家から歩いて30分のところある。周辺の地理はだいたい頭に入っているが、この地区に来たのは初めてだ。夕刻、行き先を定めずに散策に出ると、近くの貯水池跡から細い散歩道が出ていることを知った。静かな住宅街をまっすぐに抜けるきれいな小道だった。

その道を駈けてゆくと、無人の小さな公園が現れた。散歩道はそこからも続いていて、やがて夏祭りで賑わう大きめ公園に出た。それを横目で見つつ、2、3キロは走っだろうか、小道はようやくバス通りに突き当たった。

来た方角からして相鉄線の弥生台駅付近かなと思い、通りかかった家族づれに駅はどこか尋ねると、婦人は不審人物を見る目つきで「あっち」だと指差した。

駅前の小さなロータリーに出て、行き交う人たちを眺めたり、どんな店があるのかとか、今度この焼き肉屋に行こうなどと他愛ないことを考えつつ足早に一回りした。ちなみに日野啓三は、ビルの壁に生えた苔をじっと観察しつつ哲学的な都市論を展開していたっけ。

再びその散歩道をジョギングしながら戻り、お使いに頼まれていた氷をコンビニで買って自宅に着くと、家を出てからちょうど一時間が経っていた。出会いこそなかったが (あの婦人のせいだ)、新しい発見があり、日常からの逸脱があり、気分も一新して帰ってきたのだから、これはやっぱり立派な旅だったんだな。  

 

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