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暮らしてみたアメリカのこと。留守にしていた日本のこと。

嘘つきリサとパパラッチ

アメリカ東南部で最大規模を誇る私立女子大学、メレディス・カレッジ。

リサ・ジェーン・フィリップスは、空軍の制服を着てキャンパスに現れた。左胸に沢山の勲章を着用した30すぎの新入生に、高校を卒業したばかりのクラスメートたちは圧倒された。2002年のことだ。

求められて、リサは戦場での武勇談を披露した。

その後は、イランやアフガニスタンへの任務のため授業は休みがちだったし、彼女の操縦する戦闘機が地上からの砲撃を受けたときは、負傷した腕を治すために休校を余儀なくされた。それでもクラスメートたちがリサのことを忘れなかったのは、彼女が任地から学校に宛てて頻繁にメールを送り、空軍パイロットの毎日の暮らしを皆にくわしく報告していたからだ。

じきに大学は学校を上げてこの軍人を応援するようになる。校内に彼女の無事を祈る旗が掲げられ、2万ドルをこえる年間の授業料も特別に免除になった。リサもその好意に答え、クラス内外で積極的に体験談を伝え、学内のシンポジウムではパネリストの一人として熱弁を振るった。

しかし、キャンパス・ポリスの署長フランク・ストリックランドは、木曜日に「これから作戦に参加よ」と言ってキャンパスを離れ、月曜日には戻ってくるリサの行動を不審に思っていた。かつてベトナム戦争を戦った彼は、そんなスケジュールで従軍できるはずないと思っていた。

ある日、リサがつけている勲章をよく観察すると、彼女がパープル・ハートなどと一緒に第二次世界大戦の従軍章を着けていることに気がついた。疑念は確信に変わり、彼はFBIに通報した。

捜査員に問いつめられたリサは、3年間に及んだ自分の嘘を認めた。

恥をかかされた大学はメディアに対してダンマリを決め込み、CBSや地元の新聞社が「軍人偽装事件」として小さく報じたが、人々はすぐに彼女のことを忘れた。

 

逮捕されてからほぼ一年後、リサはノース・カロライナ州の連邦裁判所に出頭した。偽装の罪は全面的に認めたが、若いころ性的な虐待を受けたこと、家庭のトラブル続きで16歳で家を出てこと、長い間薬物中毒だったことなどを理由に裁判官の情状酌量を求めていた。その日うちに判決が言い渡されるはずだった。

連邦裁判所へのカメラは持ち込みは禁じられているので、私は出入り口付近で彼女が出てくるのを待った。通常はAPやテレビ局のカメラマンたちと一緒に待つのだが、他のメディアは大したニュースではないと判断したのだろうか、その日は誰も現れず私一人だった。

もうひとつ普段と違っていたのは、同僚の記者が法廷内にいないことだった。彼女も他の取材をしながら片手間にこの記事を書くつもりだったらしい。

重要視しているとはとても言えない「やっつけ仕事」だったが、この事件の終わりはきちんと伝えるべきという私のボスの判断は正しかった思うし、個人的にも彼女をひと目見てみたいと思っていた。3年間にわたって大学を丸ごと騙し続けたという人物は、一体どんな顔をして裁判所から出てくるのだろう?

法廷での聴講が長引いているらしく、私も一旦社に戻って他の作業にあたった。記者から「もうすぐ終わるはずだ」という電話が入ったのは、日も暮れかけ始めたころだった。私は再び連邦裁判所に向かった。

出入りする人々をしばらく注視していたが、それらしき人物はなかなか現れない。しびれを切らしかけたころ、リサの弁護士とおぼしき男が出てきた。彼は若い女性を伴っていたが、どう見ても同僚かアシスタントにしか見えない。周辺にリサらしき人物がいないことを確かめてから、私はその弁護人の背中に声をかけた。

「ミス・フィリップスの弁護人の方ですね。実は私は…」

尋ねる私の顔から彼の視線が一瞬外れた。振り返ってその方向を見ると、足速に立ち去る二人組の女性の背中が50メートル程先に見えた。二人とも鮮やかなブロンドで、私が持参していた写真のリサはブルネットだったから、後ろからでも全く違った風貌に見えたのだが、出し抜かれたことに気づいた私はその瞬間に走り出した。

二人組もすでに走り出している。

「エクスキューズ・ミー!」

「!」

声にならない悲鳴のような音は、二人のうちどちらの口から漏れたのだろうか? カメラを振り回しながら走る自分が情けなかった。これじゃまるでパパラッチだ。

彼女たちは路上に停めていた車の中に転がりこんだ。年配の方がハンドルを握る。距離を縮めた私がカメラを構えると、運転席の彼女の鬼の形相がファインダーに浮んだ。もう一人の若い方は助手席に身を深く沈めている。

縦列駐車した車を出すのに数秒手間取っていたので、もう少し距離を詰めるか、路上に飛び出して車の進行方向を遮ることもできたが、私はそこで動くのを止めた。助手席で隠れているリサが顔を上げることがないのは分かっていたし、進行を邪魔すれば、きっとリサの母親にちがいない女性は、車を凶器にしてでも脱出を計ったにちがいない。二人はそれほど必死だった。

 

一枚も撮らずに取材から帰ったのは、私の長い写真記者生活で初めてのことだった。記事は翌日の新聞の片隅に写真抜きで掲載された。免除された授業料はすべて返却していたにもかかわらず、リサは1年と1日という重い実刑を言い渡されていた。

戦闘機を操るパイロットになりきって世間を欺いた彼女にとって、かつらを被ってバカなカメラマン一人を引っ掛けることぐらい朝飯前のことだったにちがいない。それともあれは、追い詰められた素人の偽装師が、更正を誓う前に打った最後の芝居だったのだろうか?

彼女は今、どこにいて何をしているのだろう?

なぜ嘘をつき続けたのか問われると、彼女は「みんなが優しくしてくれたから」と答えたらしい。

  

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