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暮らしてみたアメリカのこと。留守にしていた日本のこと。

断スマの長い一日

おとといヘマをした。携帯を忘れて出かけた。

その日はとくに忙しかったので、家を出てから帰宅するまでの15時間を「ケータイレス」で過ごしたことになる。ここ数年で初めての事態だ。

出勤してすぐ妻にメールで電話がないことを伝え、昼休み前には同僚に会社内のどこで食事しているか教えたりして、午前中はなんとなく落ち着かない。でも午後になるとそのことは忘れた。

帰りは乗る電車の時刻が分からず、音楽もラジオも聞けず不便だったが、ずいぶん両手が自由になった感じがした。電車内ではボーっとして過ごした。下車する前に車内を見渡すと、視界に入るほぼ全員が背中を丸めて掌の上の携帯をいじっていた。

ホームに降り立ってもまだ画面に食い入っている人たちがいる。自分もたまにやるが、これをすると歩きながら人とぶつかったり、なかには線路に転落する人もいるらしいから問題だ。おまけに完全に無防備だ。

もともと日本人は公共の場でのガードが低い。アメリカに遊びに来てくれた家族や友達を街中に案内すると彼らの背中に隙が多いような気がして、その度に「やっぱり日本は安全なんだ」と感じたのを思い出す。治安の悪い場所をカメラを持って歩くことが多かったので、私は必要以上に神経質になっていたのかもしれないが、優れた peripheral vision (周辺視力) は彼の国で暮らすのに大事なスキルだった。

ところがどうだろう、日本に戻ってきてまだ半年なのに、すでに私は暗い夜道をうつむいて音楽を聞きながら歩くのだ。

ただ、スマホがないその日は少し事情が違った。イヤフォンなしで帰り道を歩いていると、聞こえるのはヒタヒタ迫るジョッガーの足音や遠く地下を流れる下水の音。足元の落ち葉を踏み散らして胸一杯冷気を吸い込んで帰宅すると、疲れも忘れていい気分だった。

下駄箱の上に置き去りにしていた携帯を手に取ると、妻から一回、子供の「見守りケータイ」から一回、そして知らない番号から一回電話が入っていた。金曜の夜なので誰かから飲みの誘いが入っていたらどうしようなどと心配していたが、まったくの杞憂だった。

風呂に入りながら、ふと、たまには電話を置いて出掛けるのも悪くないかと思う。

とかなんとか言いつつ、休みだった昨日も今日もちゃんと身につけて出かけたし、明日は明日でフェイスブックをやりつつメールをチェックしたり、この文章へのアクセス数も確認しなければいけないから、そんなの無理に決まってる。

 

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