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暮らしてみたアメリカのこと。留守にしていた日本のこと。

モノの話し

あの人は買い物が好きだった。私は大嫌いだ。

嫌いだから、買おうと決めた品物へ一直線に向かい、お金を払ってそのまま店を出る。それが私の長年の習慣だった。それなのに、最近はもう少し手間ひまをかけるようになってきた。なぜだろう?

経済的な理由? 昔も今も余裕はない。日本には物がいっぱいあるから? それもあるかもしれない。年をとったから? まさか。

でも、例えば衣服や食べるものを以前ほど「何でもいい」と思わなくなったのは、もしかしたら時間が永遠にあると感じられる年齢ではなくなったことと関係があるのかもしれない。いろいろ吟味して、これと思った物を手に入れると少しハイになることさえあって、意外な反応に自分でも驚く。そんなときは決まって、今はもう亡い彼のことを思い出す。

「なあ、オレにも、こんな瞬間があるんだよ。毎日がしんどくっても、ちょっと買い物に出て、自分や家族のために何か買って、なんとなく足取りが軽くなることが。よく知ってだろ、この感じ? ぜんぜんつき合わなかったけど、今なら買い物いっしょに行けるのにな」って。

 

下の娘は今、目覚まし時計が欲しいそうだ。なぜ目覚まし時計なのかよくわからないが微笑ましい。自分が7歳の時は何が欲しかったのだろう?

私の親は玩具をあまり買い与えてくれなかった。ボールひとつあればいつまでも外で遊んでいる子供だったから、ねだることもほとんどしなかったと思う。そう頻繁にはなかったので、逆に買ってもらったことは鮮明に覚えている。ミニ・カーとか、野球のバットとか、将棋盤セットとか。補助輪付き自転車を新品で買ってもらったときは、配達の3~4時間前から家の前に坐ってトラックの到着を待ちわびた。

玩具とは少し違うが、長く愛用し続けた物にカセットプレーヤー付きのラジオがある。小学校5年生のとき買ってもらった日立の「パディスコ」は、色、かたち、操作するときの手の感触まではっきりと覚えている。

これのおかげで週末のアメリカン・トップ40をチェックすることを覚え、米軍の極東放送 (Far East Network) の存在も知った。夜な夜な枕元に置いて音楽に聞き入り、その開放的な音楽が生まれるアメリカという国について思いを巡らした。 

今日は冬至。日中が目の覚めるような快晴で明るかったからか、日が暮れると突然暗くなって一気に冷え込んだように感じられた。贈り、贈られる日を前にして、ショッピング街はどこも華やかなイルミネーションで彩られている。行き交う人たちの背中がひときわ忙しなく見える。

Happy Holidays, Everyone!

 

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