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暮らしてみたアメリカのこと。留守にしていた日本のこと。

全世界的なエントリー

私には20代の甥が二人いる。どちらもしっかりした好青年だ。上の彼はすでに就職していて、最近結婚して子供も産まれた。

その彼の勤め先がアメリカでも事業を展開しているという。

「じゃ、いずれはあっちに?」と尋ねると、「いや、別に」という返事。

外国に住む気などさらさらないらしい。国外に出るチャンスを必死になって探していた以前の自分と照らし合わせると、大きなギャップを感じる。 

 

松田青子の新しい小説『英子の森』に「グローバル」と呼ばれる男が出てくる。知り合いを捕まえてはグローバルグローバルと大言壮語をくり返す妙な輩だ。ちなみに彼も主人公の女性も「英語を活かせる仕事」で自己実現を目指す派遣社員だ。

私が成人したのは1988年。当時こそ「社会のグローバル化」という言葉がもてはやされ、やれ英語だやれ海外だと周りに言われながら大学に通った。そんなものかと思いながらも、100%ポジティブなこととして受け止めていた。この時流に乗ろうという世間のかけ声には迷いも屈託も感じられなかった。

現在「グローバル化」はサバイバルのための必須手段として喧伝され、人々の不安を煽るのに一役買っている。空疎なスローガンになりつつあり、小説のネタになった。長年の不景気が招いた結果だろうが、言われ続けてもう四半世紀だ。移民や難民の受け入れ方ひとつも見ても、実は日本人は自国の国際化などそれほど望んでいないのでないか。

 

年の初めに一通のメールが届いた。娘たちがアメリカで通っていた日本人学校の校長先生からで、彼は任期を終えて私たちよりひと足先に日本に戻っていた。キャンパスではいつも笑顔で、先生や生徒や親たちに人気の校長だった。

その彼がまた日本を出るという。2年で帰国したことに物足りなさを感じたそうで、再び試験を受けて、この春から中国の深圳に日本人学校校長として赴くという知らせだった。

「中国ということで、いろいろと苦労もありましょうが、そこに住んでいいる子ども達がいる限り、もうひと踏ん張りしたいと思っています。3年で帰国したら66歳で、最後の仕事になるかと思います。」

 

別に世代でくくるつもりはない。老い若きにかかわらず出てゆく者もいれば留まる者もいる。それ自体どうと言うことではない。

そして、物も情報もたやすく手に入り何でも疑似体験できてしまうきょうび、国の外に特別な何かがあるとは思えないのも無理ない気がする。

もし「そんなに苦労して行ってきて、アメリカに一体何があったの?」と甥に聞かれたら、何て答えようか。

 

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