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暮らしてみたアメリカのこと。留守にしていた日本のこと。

してやられた

ナイアガラ国際映画祭が始まったのは、90年代後半のこと。カナダの、今でもかなりマイナーな映画際だけれど、初年度は特に小さな催しだった。

滝の近くのホテルで開かれた前夜祭に行くと、名前も顔も知らない俳優や映画監督が談笑していた。彼らの写真を撮って帰ろうとすると、広報の女性が近づいてきて「待ってくれ」と耳打ちした。何やらサプライズが始まるらしい。

「みなさま、盛大な拍手でお迎えください。カントリー・ミュージックのレジェンド、ウィリー・ネルソン氏です」

会場の入り口にヒッピー然とした老人が現れた。ジーンズにワークシャツにベストという雑誌やTVでお馴染みのいでたち。人々が動いて作った花道をゆっくり進んだ彼は、ステージに上がると、手渡されたギターを弾きながら渋い声で歌い始めた。

即興のコンサートの始まりに誰もが興奮しかけたが、彼はすぐに歌うのをやめ、冗談交じりのスピーチをして舞台を降りた。そして、まっすぐに私のもとにきて「こんにちは。ウィリー・ネルソンです」などと挨拶する。すでにたくさん撮っていたが、バシャバシャと続けてシャッターを切ると彼は満足したように立ち去り、待ち受けている人の輪に加わった。

 

私は広報の女性に礼を言い、締め切りに間に合うように新聞社へ急いだ。会社はアメリカ側のナイアガラ・フォールズ市にあった。

カントリーが嫌いな私はネルソン氏の曲もろくに知らなかったけれど、彼がフォークやロックの世界からも評価されているビックネームであることは知っていた。思わぬかたちでいい取材になった。

帰ってさっそくデスクに報告すると、彼も「そうか!」と喜んだが、「でも、そんな話し聞いてなかったな。大丈夫か?」と少し怪訝な表情になった。飛び入りだったことや、映画祭の広報担当に確認済みだということを繰り返してもなかなか納得しない彼に、

「あのウィリー・ネルソンだってば」と私は大きな声を出した。

そもそもこの上司とはうまくいっていなかった。新しく入ったデスクで、自分の能力を早く見せようと焦っているフシがあり、他の記者ともよくぶつかっていた。「わからない男だ」と私は内心思った。

 

翌朝新聞を広げると、私が撮った写真は一面を飾っていた。予定より大きな扱いになっていることに私は満足した。

しかし、TVで昼のニュースを見ているときにその気分は暗転する。

「昨夜の映画祭のイベントに、ウィリー・ネルソンのそっくりさんが現れました。ネルソン氏にはお抱えのモノマネ師がいて、彼らはよく地方のイベントに登場します。特に、過去の大麻所持を理由に渡航ビザを発行しないカナダには、反発の意思表示をこめて頻繁にこのいたずらをするそうです。今回騙されたメディアには、地元の新聞社も含まれていて

そう言えば、歌もさわりだけだったし、声もあまり出ていなかったような気がする。わざわざ私の前にきてポーズをとった理由も分かった。だいたいフルネームで自己紹介するなんて不自然じゃないか!

 

資金の少ない映画祭の主催者にとって、これは話題づくりのための苦肉の策だったはず。笑える話しだから地元のメディアを騙してもオーケーとしたのか。もっともこんなに簡単に引っかかると思っていなかったにちがいない。

誤報を出したにもかかわらず、私は誰からもお咎めを受けなかった。新聞社も笑い話として早く片付けたかったのだろう。

それ以来、私はますます広報の人間の言うことを信じなくなった。

件のエディターとは、結局お互いなんとなく打ち解けてしまった。

 

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