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暮らしてみたアメリカのこと。留守にしていた日本のこと。

参観ブルース

娘の授業参観に行ってきました。彼女の小学校は私が通った小学校の近くにあります。

教室の広さは変わっていないので、生徒数の少なさが目立ちました。50人近くいた私の頃と比べるとほぼ半数。当時は机で埋まっていた教室の後方もぽっかり空いていて、親たちも余裕を持って参観できました。

生徒たちを観察すると、小学校2年生にしては皆しっかりした身体をしているし、着ている洋服がお洒落です。立ち振る舞いもリラックスしていてごく自然にみえました。

充分にスペースをとって置かれた椅子に悠然と腰掛けている小綺麗な子どもたちを見ていると、ある種の豊かさ、そして時代の隔たりを感じずにはいられませんでした。

 

私たちの頃は、参観日と言えばクラス中が静まり返り、逆に誰かのちょっとした発言で爆笑になったりしました。先生も親も含めて皆かなり緊張していたのだと思います。

狭い教室にギュウギュウに詰め込まれて教育を受けた私たちの世代に、ゆとりなど望むべくもなかったのですが、きっかけひとつでクラス全体が爆発するようなエネルギーを孕んでいたことは事実です。例えは悪いのですが、まぶしい何かに向かって皆が電灯の近くの蛾のように寄り集まっているような感じがありました。

では、その求心力のある「何か」とは何だったのか。

比喩ではなく、実際に私は窓の外の風景ばかり眺めているような生徒でしたが、別に夢見がちだったわけではありません。単にボーっとしつつも、校舎の外にあるだろうエキサイティングな世界に常に思いを巡らしていました。そして、退屈な授業を受けるのも部活動に打ち込むのもそこへ出て行くための準備なのだと考えているフシがありました。

 

今の子どもたちに、窓の外はどう見えるのでしょうか。小学校2年生では少し早いでしょうが、高学年にもなれば外の空気を敏感に感じ取っているはずです。衣食住に妙に満たされてしまった世代の目に、万事が不確かな今の世の中はどう写っているのか。実は大したことなさそうだし、期待もできない… 我々大人が回している社会はそんなふうに思われていないでしょうか。

外にいたので私は日本の「失われた20年」を知りませんが、アメリカで国の衰えを垣間見る機会がありました。リーマンショック後しばらく、大学を出ても職のない若者が街の喫茶店にたむろしている時期がありました。屈託がないように見えて、やはり彼らの笑みに力はなかった。予想だにしなかった状況に「時代に裏切られた」では済まされない落胆と苛立ちを抱えている様子でした。

景気がすべてとは到底思えないし、もしろそこばかりを優先してきたことで行き詰まってしまっているのでしょうが、やはり学生という準備期間を終えた10代、20代の者たちに働く場がないという社会というのは相当厳しい。

 

でも下手に先回りしてもダメだという。

「子どもは能力もないし、財産もないし、地位も力もない。彼らが唯一持っているのは、幸福とも不幸ともわからない何ともわからない未来です。そのことを忘れてはいけません」

どうなるかわからない漠然とした将来という、子供が唯一持っている財産を奪ってはいけない、解剖学者の養老孟司はそう説いています。ああすればこうなると考えて合目的に行動させることで、大人は子どもの未来を意識化して食いつくしていると。

分かっているつもりでも、先行きの見えない不安から私もつい世の中にあわせて子どもの将来を考えてしまいます。氏の言う「成り行きという自然に任せる」ことも「行動の理由を意識的に答えなくてもいいことを自由にやらせる」こともなかなかできない。

そういえば先日、散歩中に傍らにいた娘がいきなり全速力で駆け出しました。どうして走ったのか聞くと、「走りたかったから」という返事でした。子どもとはそういうものでしょう。でも、あまりに唐突だったので、歩道の上だったにもかかわらず私はつい「危ないよ」と言ってしまいました。

まずはこの辺りから改めないといけないようです。

 

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