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暮らしてみたアメリカのこと。留守にしていた日本のこと。

Mr. プレジデント!(1)

3人のアメリカ大統領にそれぞれ一度づつ、手を伸ばせば触れられる距離まで近づいたことがある。言葉を交わしたわけではなく、大勢いた取り巻きの一人だったけれど、どの時も深く印象に残っている。

 

ビル・クリントンは現役中から「ブラック・プレジデント」と呼ばれていた。もちろんオバマが出てくる前の話しだ。アメリカの黒人の圧倒的多数が民主党支持者だが、歴代の民主党大統領と比べて、彼がマイノリティーに対して特に寛大な政策を打ち出していたかといえばそうでもない。

ではなぜ黒人に人気があったのだろう。

おそらく波長が合ったのだ。ノリといってもいいかもしれない。

在任中にサウス・カロライナ州に遊説に来たときも、アレン大学という黒人が通う小さな大学を会場に選んだ。

同僚と場所を分けて取材することになり、私は会場の外を受け持った。夕刻、黒塗りの車の行列がキャンパスに到着した。ガラス越しにちらりと見えた彼の笑顔に、集まった群衆は歓声を上げた。

演説が終わり、一行が帰る時間になった。ふたたび車の行列が我々の前に現れたとき、辺りはすでに暗くなっていた。ダウンタウンとはいえ寂れたエリアにある大学だったので、街灯もまばらだった。

「もう撮る画もないな」と思っていたとき、車が止まり、目の前で男がひとり下車した。大統領だった。

クリントン氏は予定外の行動を起こすことで知られていた。ノリで動くのだ。この場合は「外で待ち続けてくれた支持者たちに挨拶を」という気分に突然なったのだろうか。

慌てて走り回る側近や護衛をよそに、氏は悠々と動いた。伸びてくるたくさんの手を闇の中でいつまでも握り続けた。

 

バラク・オバマを近くで見たのは、行きつけのバーだった。彼が大統領に選ばれる数ヶ月前のことだ。

その日、ノース・カロライナ州で民主党大会が行われていた。写真部の同僚たちは朝から出払っていた。

夕方になり、大会とは関係のない取材を振られた私がオフィスで作業をしていると、ボスが来て近所のバーへ急ぐように指示を出した。オバマ氏が立ち寄るという。

これも予定外の行動だったにちがいない。当時まだ大統領候補者の一人だったが、すでに選挙レースも佳境に入っていたので、スケジュールは分刻みで決められていたはずだ。本当に一杯やりたくなったのだろう。側近が地元の記者に「この辺りにいいバーはないか?」と尋ねていたらしい。

駆けつけると、バーは元々入っていた客に加えて、噂を聞きつけた人たちで溢れ返っていた。

やがて意中の人が現れた。皆騒がずにクールに装っている。でも彼の一挙一動に注目しているのがわかる。

シャツの両袖をたくしあげたオバマ氏がバーテンダーに近づいた。一体何を注文するのだろう!?

「パブスト・ブルーをくれ」 

このチョイスにはその場にいた誰もが唸ったにちがいない。

ヨーロッパのビールを頼んではエリートすぎるイメージがついてしまう。かといって国産の定番、例えばバドワイザーやミラーではダサすぎる。ウィスコンシン州生まれの、古いけれどあまり知られていない(でも一部の若者にカルト的に人気のあった)ビールを慣れた感じで注文したのだから、文句のつけようがない。

でも、これがオバマ氏の本当に好きなビールだったかどうかは疑わしい。おそらく「Obama for President」というイメージを作ってゆくなかで、彼のスタッフが熟考の末選んだ銘柄だったにちがいない。読んでいる本、好きな音楽、座右の銘… 候補者のちょとした嗜好は選挙の中に大きな注目を浴びる。

数ヶ月後、氏は大統領に当選した。その時に分析された勝因のひとつが、若い世代をターゲットにした地道な草の根キャンペーンだったことは記憶に新しい。

 

演説中のジョージ・ブッシュの近くに立つと、いかめしい顔をした護衛が近づいてきて私の真横に立った。威嚇された。

本選までまだまだ時間のある党予備選前だったので、厳しい警備があることが意外だった。そもそもタウンホール・ミィーティングという、カジュアルな雰囲気で有権者と交わるという趣旨の集まりではなかったのか。

そこでやっと彼が元大統領の息子であることに思い当たった。若いころから常に護衛がついて回るような出自なのだ。

その時のスピーチの印象から考えると、彼が共和党の指名を受けて、本選に出馬するとはとても思えなかった。まさか2期も大統領を務めることになるとは…。調子が固かったし、何よりも人前で喋るのが苦痛そうに見えたからだ。

その後キャンペーンの勢いが増すにつれて、氏のスピーチもこなれてくるのだが、途中からプレゼンにちょっとした工夫をし始めた。

自らが立てるスローガンをあしらった巨大なスクリーンを背後に設置するようになったのだ。例えば「Reformist (改革者)」とか、「Compassionate Conservative (思いやりのある保守主義)」とか。すると写真も動画も背景がすっきりするし、スローガンの一部もしくは全体が入りこんで、それっぽい画に仕上がる。

その効果を狙ってカメラマンをステージから遠ざけるようになったと言えば、深読みがすぎるだろうか (遠くから撮ると、バックはおのずと決まってしまう)。でも、その後の選挙活動や大統領就任後の演説を撮影する機会が何度かあったが、指定されるエリアと本人との距離は広がるばかりだった。

この傾向を決定的にしたのが911だった。

あのテロ以降、ブッシュ氏の取材をしたければ前日までに、新聞社の上司がスタッフの名前とソーシャル・セキュリティー・ナンバー (社会保障番号)をホワイトハウスに通達しなければならなくなった。さらに、演説の始まる3、4時間前に集合し、シークレット・サービスと爆薬物探知犬のチェックを受けなくてはならなかった。

半日待ってようやく始まる演説の撮影には、氏が遥か彼方にいるため、普段はめったに使わない500mや600mという特大の望遠レンズが必要だった。ここまで離れると、カメラマンにできることはお決まりの「それっぽい」写真を撮ること以外何もない。

 

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