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暮らしてみたアメリカのこと。留守にしていた日本のこと。

ふたりの花嫁

気がつくと、目の前で花嫁が歌っていた。

テレビの前で寝落ちしていたのだが、画面の中の女はスポットライトを浴びて熱唱していて、なぜかド派手なウェディングドレスを着ている。浜崎あゆみという歌手らしい。

純白のドレスを身に纏ってロックンロールを歌う... という演出なのだろうか。その歌にどんなメッセージがあるのか、一体どんな効果を狙っているのか、寝ぼけた頭を醒まして歌に聞き入ってもさっぱりわからず、妙な違和感だけが残った。

 

アメリカで出会った、ある若いアーティストを思い出す。

4、5年前、大学のキャンパスで会ったとき、彼女はウェディングドレスを着ていた。挙式当日だったわけではない。ウェディングドレスを普段着として着用するというプロジェクトの真っ最中だったのだ。

日常に非日常を持ち込むという一種のパフォーミング・アートなのだが、晴れ着とは何かという問いでもあり、慣例への反逆でもあり、「純白のドレス」が喚起するイメージへの異議申し立てでもある。

彼女はドレスを一年間着続けることを自分に課していた。

 

外出時、例えばスーパーのレジに並んでいると、訳を知りたくて近寄ってくる者から、頭のおかしい女とみなして敬遠する者まで、反応は色々らしい。カメラマンでもある彼女のボーイフレンドがついて行き、その様子を写真に記録していた。

興味を持つ人(なぜか女性が多いとのこと)にプロジェクトの趣旨を説明すると、面白がる者もいたが、眉をひそめる者も沢山いたという。

私が彼女を見たのは、プロジェクトを始めて数ヶ月しか経っていない時だったが、すでにドレスは汚れが目立ち、いくつかのほころびがあった。それもステイトメントの一部で、ドレスは最終的に写真と一緒に展示する予定だと言っていた。

 

あのプロジェクトは最後まで続いたのだろうか。

なんとなく頓挫したような気がするのは、「周囲の殊の外重い反応が疲れる」と彼女が口にしていたからだ。

因みにこのアーティストも、浜崎あゆみも、自己表現の一部にウェディングドレスを使ったということになるが、ふたつの行為には隔世の感がある。

一方が文字通り「体を張った」パフォーマンスだけに、もう一方は分が悪い。

比べるものでもないかもしれないし、だいたい私は浜崎あゆみという歌手についても、彼女の作品についても何も知らない。

ただ、私が踏んでいるように、あれが「カワイイ」とか「カッコイイ」という理由による単なる演出なのだとしたら、その軽さが妙にむかつく。

 

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