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暮らしてみたアメリカのこと。留守にしていた日本のこと。

The Things I Carried

アメリカで働いているとき、カメラのバッグに常備している紙きれがふたつあった。

ひとつは抗議の文言。公であるべき集まりから閉めだされそうになったとき、その場できちんと抗議できるように、例文を持ち歩いていた。

「議長 (あるいは裁判長) 殿。この場が公のものあり、報道陣を含めた一般市民に開放すべきものであることは、州法 (あるいは条例) 第X条に保障されています。それに基づき私の傍聴を認めることを主張します」

新聞社がスタッフに配ったもので、他の記者たちもこれを携帯していた。抗議しても埒があかないときは、その場で新聞社の弁護士に連絡しなさいという指示を受けていた。

 

もうひとつはスペイン語の会話例。建築現場や農場のように、ヒスパニック系ばかりで英語が通じない場所を取材するときのために、同僚のカメラマンを真似て携帯するようにしていた。

「 ◯◯紙のカメラマンです。名前を教えてください」

「明日の紙面に載るかもしれません」

「いいえ、お金はかかりません」

 

どちらも使うことはなかった。

ひとつめを使わなかった理由は、そもそも私がローカルの政治や教育(例えば市町議会や教育委員会)を取材する機会が少なかったからだが、担当の記者でも閉め出しをくらうことは滅多になかったはずだ。ただ全くない訳ではないらしく、いざという時、アメリカの記者はこうして法の後ろ盾を使って、いわゆる権力者たちと公の場でやり合わなくてはならない。

ふたつめを使わなかった理由は、単に私が面倒くさがっていたから。

実際に必要なシチュエーションはよくあったが、ヒスパニック系の人たちとのコミュニケーションを私は身振り手振りと英単語の羅列で通した。

 

マーク・コズレックの「グスタボ」という曲を聴くたびに、アメリカの田舎に住むことに伴う孤独と、そこにいた多くのヒスパニック系住人 (そのほとんどが不法滞在のメキシコ人たちだった) のことを思いだす。

もっと具体的に言えば、彼らと自分の距離感、そして、お互いの無関心さについて。

私は彼らのことをほとんど知ろうとしなかった。

 

田舎の一軒家を買った

テレビとボロいソファーも

家を修繕するために

グスタボとその取り巻きを雇った

電ノコとマリアッチがうるさい、むかつく奴ら

でも腕もいいし

やる気があった

遠くから通うより

住みながら働きたいと言うので

合鍵と電子レンジを用意した

 

グスタボは違法の移民

給料を渡すとカジノにストリップ

オレもたまにつき合った

こんな田舎じゃ退屈だろ

薪を割ったり、テレビの前で寝落ちしたり

ストーブの上でタコス作って

カップ麺を食べる

迎えの車も来ないから

街まで歩いてウィンドー・ショッピング

ライフルや弾を物色したりした

でも夜はどこも閉まる

濡れたブーツに、厚着したままのオレ

 

ある夜奴らはタホに行くと言いだして

誘ってきたけど、ふざけるな

疲れているし、金もない

奴らは陽気に出かけていき

帰りに田舎の警官に車を止められた

酔っていて大麻も所持していたグスタボは

その夜に牢屋行き

すぐにメキシコへ強制送還

ティフアナの公衆電話からコレクト・コールで

「金を送ってくれないか?」

越境の運び屋に払う2,500ドル

働きたいし、家族に会いたい

オレは電話を切って「ゴメン」とつぶやいた

電話を切ると、動揺していた

電話を切ると、心苦しかった

電話を切ると、背中が痛かった

奴らの後片付けをしよう

ぶち抜いた壁、はがされた床

痛んだタンス、壊れた引き出し

キッチンの流し台が庭に転がっていて

自分の手を見ると、震えていた

見上げたら、雨漏りしていた

 

この頃はソファーで寝るんだ

未修繕の家の居間で

あの後本物の大工を雇ったのに

奥さんが癌になって、来なくなった

でもオレはここで探しものをしているだけ

心の平穏(ピース)と、石ころひとつ(ピース)を

心の時計の置き場所を

古いギターと優しいロックンロールを

ポーチの揺り椅子に腰掛けて

心配事もなく

なんとかやっている

未だどこにも辿り着いていないけれど

 

家はそのままだけど、大丈夫

傾いだ床を気にするほどうるさくない

トイレのタイルなんてどうでもいい

建築基準法とか、ドアベルも

修繕は終わってないけど構やしない

たまには遊びにきてよ

12月なら雪が見れる

7月なら薔薇

庭師に「グスタボは?」と聞かれた

オレは吹き出し「知るかよ」って答えた

あれから会っていない

髪型決めて、タホへ向かったあの日以来

ガールフレンドに「あのメキシコ人は?」と聞かれた

グスタボのことかい?

また吹きだして「知らない」

ティフアナからの電話が最後

正直言うと、あいつのことはあまり考えない

裏の山にはよく登る

秋にはそよ風を感じて

冬には降り積もる雪を眺める

春は虹を愛で

夏は薔薇の匂いを嗅ぐ

白に、赤に、黄色

 

(拙訳) 

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