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暮らしてみたアメリカのこと。留守にしていた日本のこと。

あの交差点を守れ

最近まで渋谷に通勤していた。同僚の中には「若者の街」の喧噪を嫌う者が多かったけれど、私には楽しい風景だった。

自分の住んでいる街にやたら老人が多いので、若い者たちが戯れるのを見てほっとしていたのかもしれない。

スクランブル交差点を渡るのも嫌いじゃなかった。

人を避けながら歩くのは確かにうざったいが、それも自分と異世代の街に突入する前の儀式だと思えばいい。信号待ちの間に聞こえてくる浮ついた会話にも、日々更新されている頭上の広告塔にも、私の知らない世界が垣間見えた。

青信号になり、思わず振り返りたくなる美人や疑いようのない奇人、オタクっぽい外国人が次々と視界を横切ると、通勤の眠気もすっかり醒めた。

 

この交差点でずっと気になっていたことがある。

早朝、ワゴン車やマイクロバスがよく停車していて、若者たちがそこへポツポツと乗り込んで行くのだ。ちょっと怪しげなので、何の待ち合わせなのか本人たちに幾度か尋ねたが、なぜか皆口を閉ざす。「カタログ撮影のモデルで…」と答えた男の子がいたけれど、具体的に聞くと彼は口ごもった。

ある時、何気ない装いでワゴン車に乗り込もうとした。怪訝な顔をする召集係みたいな男に「よろしくです」と適当な挨拶をしたが、手で制されてしまった。

私は悔しくなって踵を返し、背後にある交番に向かった。ハチ公前の交番だ。

 

言いつけにいったわけではない。警察は彼らが何をしているか知っているはずだし、そもそもこの雑踏の只中に車を停めること自体セキュリティー上どうなのかという、以前からの疑問を尋ねるいい機会だと思ったのだ。

例えばニューヨークで同じことをしたら、きっと数分も経たないうちにポリスがすっ飛んでくる。実際に2010年のタイムズ・スクエア爆破未遂事件は、露天商の通報で惨事を免れた。駐車していた無人の車両内を警察が調べると、プロパンタンクと花火で作られた大量の爆発物が発見された。

しかし当ては完全に外れた。交番の前に立っていた渋谷署の二人はワゴン車が何をしているのかまったく把握していなかった。

「ニューヨークじゃ…」とか「東京もオリンピックを控えているのに…」と私が粘ると、警官の一人は中に入ってしまい、もう一人は最後まで聞いてから表情を変えずにこう答えた。

「それは我々の仕事じゃないんで」

耳を疑った。「それ」とは、駐車違反の取り締まりのことらしい。私は腹を立てたまま仕事へ向かった。

 

煽るつもりもない。でも東京のテロ対策は大丈夫なのか?と本気で心配になる。

パリのテロの報道にソフトターゲットという言葉が多用されたが、この都市はソフトターゲットだらけに見える。そしてその最たるがこの交差点ではないか。間近にいる警察官たちが迷子や酔っぱらいの相手をしているだけなら、犯罪の計画も実行も簡単にできる。

常設のカメラに加えて、通行人や観光客が構えているスマートフォンやカメラの数を考えると、有事があればその映像は瞬く間に世界に拡散されるだろう。テロライズするのにこれほど効果的な場所はない。

村上龍の小説「オールド・テロリスト」はNHKの西館の入り口で起こるテロで始まるが、舞台がスクランブル交差点でもぜんぜん違和感はなかった。いや、警鐘を鳴らすためにも、むしろそうして欲しかった。

これが杞憂に終わることを切に願います。

 

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