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暮らしてみたアメリカのこと。留守にしていた日本のこと。

不思議な話

世の中には、不思議な話がある。そしてそれを頻繁に体験をする人がいるらしい。超人のオカルトの話ではなく、普通の人たちの身に起こる、説明のつかない出来事。

私には窺い知れない世界だ。

50年この世に生きてきて、あれは不思議だったと思い出せることは、せいぜい三つか四つ。それだって、自分で引き起こしたというよりは、他人の力が私に及んだのだと考えた方が説明がつくし、納得もゆく。

 

ひとつは幽霊の話。

学生のとき、男女 7,8人で肝試しに行ったときのこと。静岡の山奥に車で行けるところまで行き、途中から険しい山道を登った。どんな成り行きだったか覚えていないが、女子のグループとは初対面だった。

心霊のスポットとされる場所に着くと、さっそく人の型をした灯が三つ四つ見えた。立ったり座ったりした体勢の、朧げな緑色の光だった。ただ不思議なことに、私がいくら喚起を促しても、私の隣にいた女の子を除くと、他の者にはまったく見えないようだった。

隣のその娘は無口で、夕食でもドライブでも目立たない存在だったのに、肝試しになるといつの間にか先頭に立っていた。闇の中で存在感を増した彼女が伸ばしてきた手を、私はしっかりと握ったまま歩いていた。なんだかビリビリして、体の芯が共振するような、不思議な感触の掌だった。

霊らしきものを私が見たのはこの一度きりだ。あの娘の手を握っていたから見えた...そう思って間違いないと思う。

 

ふたつめは、他人の死に際して感じたこと。

親しい人が自死したその時刻に、私は暗澹とした気持に沈んでいた。猛烈に気分が悪かった。もちろん後から合点がいったことで、その時はどうしてそんなに気持に陥ったのかわからなかった。そんなことが2度あった。

どちらのときも、ざらりとした虚無の塊に心が圧し潰されそうになり、思い出すと今でも怖い。死を前にした彼らの思念の一部が、何かの拍子で私のもとに届いたのだろうか。

とても悲しい記憶だ。

 

みっつめは自分の命を助けてもらった話。

ノースカロライナの田舎道で、トレーラーを運ぶトラックが横転事故を起こした。地平線が見渡せそうなほど平らな土地のハイウェイだった。

ひとしきり写真を撮り終わり、保安官から情報をもらって、さあ新聞社に引き上げようとしたそのときだ。通りの反対に停めていた車に戻ろうと動き出した私を何かが押しとどめた。襟首引っ張るような力がかかり、不自然な体勢でのけぞった。

と、次の瞬間、轟音と共に巨大な車輛が目の前を通りすぎた。

猛スピードで近づいていた大型トラックに、私はまったく気がついていなかったのだ。保安官に掴まれたのかと思い振り返ったが、彼の背中はすでに遠くにあった。

車に戻り、機材をトランクに入れ、エンジンをかけて出発したが、しばらくのあいだ体の震えが止まらなかった。何となく「生かされた」という言葉が頭の中に浮んできて、何かはわからない相手に向かって、畏怖と感謝の念を抱いたままハンドルを握り続けた。

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