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暮らしてみたアメリカのこと。留守にしていた日本のこと。

スキャンダル

もし『週間文春』で働いてみるかと聞かれたら、イエスと答えるだろう。

何しろ今、日本でもっとも読まれているメディアのひとつなのだ。

でも会議の度にアイディアを一ダースも出さなくてはならないとか、有名人の不倫現場の張り込みをしなけばならないとか聞くと、勤まらないかなと思う。

特にスキャンダルの取材はキツそうだ。これでメンタルをやられる記者もいるらしい。途中で「何でこんなことやってるんだ」と思うにちがいない。

「公人、有名人のプラベートより、公共の利害と表現の自由」

「裁きじゃなくて、エンターテイメント」

などと自身を鼓舞しながら、記者たちは今日も必死に仕事をしているのだろうか。後者は編集長の実際の言葉だ。

そしてめでたく「文春砲」が撃たれれば、雑紙は飛ぶように売れる。

駅やコンビニで目にしたら、私も手に取る。面白そうなら買う。

 

アメリカで私が勤めた地方紙では、その手の取材は皆無だったけど、一度だけ偶然にネタを手に入れたことがある。

そのノースカロライナ州の議員は、教育委員会から政界に転じたという触れ込みの新人だった。議会の初日にたまたま撮影したので、そして美人だったので、彼女のことはよく覚えていた。 

同じ年の暮れ、日本への一時帰国を終えた私は、成田空港内を歩いていた。チケットカウンターを通りすぎ、あとは搭乗するだけとのんびり歩を進めていると、その議員にばったり出くわした。

「あれっ」と思い見ていると、向こうも驚いた様子だった。「あっ、あのカメラマン」から「ヤバい」に顔色が変わったのは、傍らに男性がいたからだろう。プロ・アスリート風の大柄な黒人男性と彼女が親密な関係にあるのは、二人の距離と佇まいをみれば明らかだった。

お互い挨拶を交わし、奇遇を笑って別れた。彼の紹介はなかった。

機内に落ち着いてから、あの議員は確か既婚だったはず…という記憶にだどり着いたが、私はアメリカに戻ってからも特に調べなかった。何故かその気にならなかった。

公務での来日と言っていたので、夫が誰かを確認した上で、彼女がどこで何をしていたのかを当ったら、記事になるような話になったかもしれない。記事にならなくても、次の選挙で彼女と争う共和党陣営にとっては喉から手が出るほど欲しい情報だっただろう。

実際サウス・カロライナ州のマーク・サンフォード知事は、アルゼンチンへの不倫旅行の帰りに空港で記者に捕まり、それがきっかけで辞任に追い込まれた。空港を張り込んでスクープをとったジーナ・スミス記者は、私の元同僚だ。

 

州議会の幕開け日。

議場に人が溢れているのは、その日は特別に議員たちがゲストを招いているからだ。大抵が家族を伴い、セレモニーでは、それぞれがパートナーと並んで聖書に手を置いて宣誓する慣しだ。

返り咲いた下院議員たちの中に彼女の姿があった。最初に撮影した日から、ちょうど2年が経っていた。

セレモニーを前に、ひときわ大勢の人が彼女の周りに集まっているは、彼女の腕に新生児が抱かれていたからだ。

透き通るような白い肌の赤子が布に包まれて眠っている。

フロアの端の記者席から見ていると、目があったので、「おめでとう」の気持をこめて微笑すると、彼女はじっと見返してから口パクで応じた。ゆっくり大きく動かしたので、何を言っているのかよくわかった。

「Thank you」

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