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暮らしてみたアメリカのこと。留守にしていた日本のこと。

おしくらまんじゅう

6月の初旬、サッカー日本代表がワールドカップ出場を決めた翌日、全国で話題を集めた人物が二人いた。試合でPKを決めた本田選手と、渋谷で雑踏警備をリードした「DJポリス」だ。

試合後にスクランブル交差点で乱痴気騒ぎをたくらんでいた若者たちに、マイクを持って車上からユーモラスに呼びかけた機動隊員は、そのパフォーマンスで一躍有名になり、その後、警視総監賞なるものを受賞したらしい。

当日の夕方、私はこの界隈を通りすぎた。試合開始までまだ時間があったにもかかわらず、路上はすでに機動隊員で溢れていた。若者たちも酒場の前に並んで開店待ちをしていたが、彼らの子供っぽい様子を見ていると、はたしてこれほど厳重な警備の必要があるのだろうかと思った。

翌日のテレビで「DJポリス」の活躍を知った。私が興味を引かれたのは、むしろその機動隊員ではなく、画面に映った他の隊員たちの警備ぶりだった。群衆が車道に出ないように整列していた彼らは、すり抜けて飛び出してゆく若者を捕まえては歩道に押し返していたのだ。突き飛ばすわけでも、引きずるわけでもなく、文字通り、送り返していた。

 

2週間後、私は新大久保で警察警備の真っ只中にいた。

在日韓国人・朝鮮人の排斥を「ヘイト・スピーチ」を使って叫ぶデモは、一触即発の雰囲気だったが、ここでも機動隊員たちは人の壁を作り、デモ自体に反対する人たちをじわじわと押して、ふたつのグループを遠ざけることに成功していた。その作業に時間がかかったのは、出来上がりつつあるポリス・ラインを無視して行き来する者が絶えなかったからで、そのたびに言い争いが起こり、隊員が慌てて間に入るということが繰り返されていた。

結局その日、相手に手を出した8人が逮捕されたらしいが、このことは、暴力を振るわなかった者は誰も捕まらなかったことを意味している。つまりポリス・ラインを越えることは何ら問題にされなかったのだ。

他の国の事情は知らないが、米国では一度設定されたポリス・ラインを越えると、即逮捕である。警官に腕のねじり上げられたり、馬乗りになられても文句は言えない。そうと知りつつ法のラインを越えた方に100パーセント非がある。その代わり、そこを越えなければ警官は指一本として身体に触れることはない。合法と違法のグレーゾーンも、その周辺でのもみ合いも、まずあり得ない。

「Don't go over this line (このラインを越えるな)」と取材を規制された元同僚のカメラマンが「Let me go under then (じゃ、くぐるわ)」と言いいながら実際にくぐって、その場で罰金を食らったことがある。彼の自慢話の一つだが、相手が公園のレンジャー (自然保護官) だったからできたことで、もしそれが警察官だったなら彼も自重したに違いない。

 

では、日本の警察の優しい警備スタイルは、どこからくるのだろう?

対立を嫌うという国民性もあると思うが、一点、私が想像するのは、逮捕したり検挙したりすることを、警察官たちはあまり奨励されていないのではないかということ。公務員であり大きな組織で働く彼らにとって、そうした突出した行動に出てることはキャリアの足しにならないのではないか。おしくらまんじゅうで懐柔的に群衆をコントロールすることが組織にとっては何よりも望ましく、だからこそ「お喋り」が評価される。そうだとしたら、法の番人としての権利を行使したくてうずうずしているようなアメリカのコップたちとは立ち位置がまるで違うわけだ。

この「曖昧なポリス・ライン」に私は一度だけ参加したことがある。震災後の陸前高田市に菅直人が訪れた時だ。海外を含むすべてのメディア関係者は、岩手県警が作ったラインに一斉に並んだのだが、距離が遠すぎると日本の記者たちが文句を言い始めた。彼らの偉そうな物言いにまずびっくりしたが、もっと驚いたことに、ポリス・ラインが当時の首相の方に向かってじりじりと動き出したのだ。

挙げ句のはてに、写真記者のひとりがラインから飛び出した。それを阻止するひとりの警察官。しかし彼は、声を上げるわけでもなく、記者の襟を掴むわけでもない。右に左に素早く動いて、ひたすら記者の進行方向を遮り続けたのだ。

体格のいい若いカメラマンと痩せた老警官のタンゴは、津波が残した巨大な瓦礫の前で長い間繰り広げられた。

 

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