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暮らしてみたアメリカのこと。留守にしていた日本のこと。

橋の下のケンカ

日本の夏が長くなってきているという。帰国した5月半ばは過ごしやすかったが、しばらくして半袖を着るようになり、9月いっぱい衣替えをする必要がなかったから、4ヶ月間夏の装いで過ごしたことになる。これは私の覚えている日本の季節とあきらかにズレがある。ちなみに11月初日の昨日、外出にジャケットは不要で、夕方にはやぶ蚊を見かけた。

地球温暖化にはいろいろな懐疑論があるが、そう主張するこの国の人たちにも近年の猛暑は等しく訪れているわけで、もちろん長いスパンでみたデータを元に語らなければならない問題なのだが、これだけ暑くて長い夏を過ごしながら「これは一過性の現象で、実は地球はもうすぐ氷河期に入るのだ」などと言い張るにはけっこうなエネルギーがいるはずだ。

というわけで、帰国以来しばらくは汗かきの毎日だった。特に暑さを感じたのは通勤中だったが、気温の話しとは別に、私はその道中で熱い闘いを目撃したことも報告しておきたい。スポーツ紙の見出し風に言えば、「白熱のバトル」とでも呼べる争いだった。

 

最寄りの地下鉄駅の近くに橋が架かっていて、私はその下をくぐる大通りを歩いて通勤する。橋の下の壁は一面広いコンクリートで覆われているが、ある日、そこに何者かがスプレーペンキで派手な落書きをした。いくつかのバリエーションがあったが、どれもマンガチックな文字で「ZEN」と書かれていた。何かのグループ名だろうか。

しかし翌朝、壁はもとの灰色に戻っていた。よく見ると、コンクリートの色に似せたペンキで部分部分が乱雑に上塗りされている。道路を管理する横浜市が作業員を送って対処したにちがいない。

2、3日すると、再び同じような落書きが施され、またすぐに消された。7月と8月、つまり学校が夏休みの間に、この「書かれては消される」が何度も何度も繰り返された。

初めてこの落書きを目にしたときに抱いた「なかなかやるな」とか「こんな田舎にもギャングがいるのか」という私ののんびりとした感想は、この塗装合戦を見ているうちにすっかり重いものになってしまった。

個人の仕業であれグループの犯行であれ、人々の寝静まった時間に出てきてグラフィティを書き残すこと自体、まさにエネルギーのいる行為だ。ほの暗い、でも何か熱いものを感じさせる、強い反抗の意思表示だ。自分の家の壁に書かれたら私も嫌だが、こんな殺風景な壁にならどんどんやってくれと思っていた。

しかし、同じ落書きをしつこく繰り返すという行為から伝わってくるのは、消されたことに対する神経質な苛立ちばかりで、悪戯にあるべき笑いも遊び心も感じられない。

それに消す方も消す方だ。ノルマなのか暇なのか知らないが、意地になったようにひたすら削除に走るのはまったく大人げない。ちょっと懐が狭すぎやしないか。

 

そこで市の道路管理部にひとつ提案をしたい。この壁をグラフィティに解放してはどうだろうか? 近くの小学校に声をかけてもいいし、高校の美術部に任せてもいい。面積は広いので一部は「ZEN」のメンバーにも割り当てよう。他の作品と比較鑑賞されるのだから、彼らだっていい加減なことはできないはずだ。今のつまらないデザインを改めてもっとクリエイティブな落書きを始めるにちがいない。

橋の下の道路はちょうど区と区を隔てる道で、壁は向き合ってふたつある。それぞれの区民に自分たちの敷地側を任せて区対抗のプロジェクトにしてもいい。幸い歩道に幅があるので、通行人の邪魔にならずに作業はできるし、消去に使っている今の費用をプロジェクトの進行に回せばゆる〜く管理することもできる。上手く行けば、退屈な通勤にちょっとした楽しみを与えてくれる洒落たスポットが生まれるかもしれない。

現在、壁の落書きのほとんどが消えているが、秋空の下でなぜか三つだけ寂しく放置されている。「真夏のデッドヒート」は味気のない引き分けに終わったらしい。

 

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