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暮らしてみたアメリカのこと。留守にしていた日本のこと。

ボン・イヴェールが好きな3つの理由

音楽家は音楽評論家が苦手らしい。「あいつらは元々ミュージシャン志望だから、心のどこかでオレたちに嫉妬しているんだ」と言うロックンローラーさえいる。しかし彼らの作品を広く知らしめるには評論家の後押しも必要だ。作家と文芸評論家の間柄みたいなものだろうか。微妙な関係なのだ。

あなたがローリングストーン誌のライターだと仮定しよう。無名のインディー・フォーク・シンガーについて書くことになり、彼の住んでいる山奥の僻地まで訪ねて行った。もしドアで迎えたミュージシャンに、「ところで、何か苦手な食べ物はありますか?」と言われたら驚くだろうか。

つまり、初対面の評論家に夕食をふるまおうと、彼はキッチンに立って料理をしていたのだ。権威ある雑誌のライター相手にも臆することない自然体である。

 

ローリングストーン誌のその記事を読んで私は「いい話しだな」と思ったが、実は彼、ジャスティン・バーノンにまつわる話しにはもっといいものがある。

バーノンが中心になって作ったバンド、ボン・イヴェールはそれから数年後のグラミー賞の最優秀新人賞にノミネートされる。そしてその授賞式の演奏をめぐってちょっとしたトラブルがあった。

グラミーにも部門がたくさんあり、新人賞はマイナーで注目度が落ちる。おまけに彼らの音楽は売れ線ではない。そこで番組サイドは彼のバンドと著名なミュージシャンを一緒に演奏させようとしたのだが、バーノンはその提案を突っぱねたのだ。

いまだかつてグラミー賞の出演を拒否した新人バンドはいるだろうか? 米国だけで3千万人が視聴するといわれる音楽界最大のショーだ。知名度を上げたいなら断るのは馬鹿げた行為だが、彼にとって売れることは一義的なものではないらしい。少なくともそれを理由に自分の音楽を妥協しなかった。

そして結局、賞自体は獲得した。スピーチするためにステージに上がった彼は緊張した面持ちで感謝のことばをまくしたてたが、演奏のことについては何も触れなかった。それがふたつ目の理由。

 

もともとバーノンは私も住んでいたノースカロライナ州のローリーを拠点としていが、病を患って地元ウィスコンシン州に帰った。当時のバンドも解散した。しかし、複数の楽器を扱える彼は冬のあいだ山小屋に一人で籠ってレコーディングを続けた。ボン・イヴェールとしての最初のアルバムを500枚限定で出すと、評論家たち(!)の賛辞とアメリカ国外での評判のおかげでじわじわと話題になり始める。

私が彼のステージを観たのはその頃だった。これがみっつ目。2008年の夏だった。ノースカロライナでの野外コンサートに人気バンド、ウィルコの前座として登場した。

皆ウィルコが目当てなので、演奏を始めたのに誰も聞いていない。野外だから席取りに忙しいし、飲み物の確保とトイレに行っておかなくてはならない。かくゆう私もビールを求めて売店の前の列に並んでいたのだが、「Skinny Love」という曲が始まるとざわついていた会場がしんとなった。サビのところで人々は動作をピタリと止めた。自分が受けている衝撃を周りの人間も受けていることが分かる不思議な瞬間だった。

 

追記:彼らのミュージック・ビデオもいい。例えば、暗雲垂れ込めるビーチで男(バーノン本人)がひとり海の中に入って出てくるだけのこのワン・テイクも、なぜか見飽きることがない。