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暮らしてみたアメリカのこと。留守にしていた日本のこと。

ジュリー(写真について 4)

先日アメリカの友人と再会した。彼女はこの2、3年ほど体調を崩していたので、まさかこのタイミングで、しかも日本で会えると思わなかった。

待ち合わせ場所の東京駅に着くと、ブルネットのショートヘアの後ろ姿が見える。スレンダーで、ちょっと猫背。傍らに彼女のボーイフレンドと7歳の娘も立ってる。近づくと、よく知った顔が振り返ってほころんだ。

彼女と私はノースカロライナ州の新聞社にカメラマンとして同時期に入った。以来8年間、お互いの背中を押し合うようにして仕事をした。二人とも競争心が希薄だからか、ライバルではなく、どちらかがいい仕事をすればもう一方が評価し、どちらかに上手くいかないことがあればが一方が励ますという間柄だった。

 

穏やかなのにそうとうな意固地者。厳格なベジタリアン。背中に大きな刺青。飼い犬は2匹とも処分される寸前に保健所から引き取ってきた。

バンジョーを弾き、豆腐料理とコーヒーを好み、古着を上手に着こなす。

ノーズリングをしたりして一見ワイルドだが、類いまれなジェントル・ソウルだ。

そして、誰にも真似のできない写真を撮る。

 

彼女たち3人を私たち家族は2日間連れ回した。別れを惜しんだ翌日、自分が彼女たちの写真を一枚も撮らなかったことに気がついた。彼女が私たちを撮ったのか考えると、何気ない瞬間に何枚か撮られていたことに思い当る。

彼女はいつだってそんな風に撮影する。他人のパーソナル・スペースにふわっと入り、ふわっと出る。いま撮られたのかなと思い、あれっと思って見ると、柔らかく笑っている。陽だまりのベンチに腰掛けているみたいにして。

優れたカメラマンには被写体の世界に力で入り、力で心を開かせるタイプが多いけれど、彼女のアプローチは真逆だ。虫一匹殺せない彼女にとって、人にカメラを向けることすら忍びない行為にちがいない。

この過ぎるほどの優しさというフィルターに加えて、彼女には一ミリだって妥協しない頑固さ ( 美意識 ) がある。ひょっとしたらこの二面性が、彼女の写真を独創的なものにしている理由なのかもしれない。

 

いま彼女は筋痛性脊髄炎に苦しんでいる。慢性的な疲労に加えて、知覚や神経に障害をきたす奇病で、効果的な治療法は見つかっていない。

連れて行った江ノ島を彼女は片足を引きずりながら歩いた。皆のペースを遅らせていることを詫びながら、それでも終始笑顔で。

遠くに引っ越してしまい、彼女に何もしてあげられないことがもどかしい。

 

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