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暮らしてみたアメリカのこと。留守にしていた日本のこと。

ヒロシマにまつわる個人的なエピソード

8時15分から始まる黙祷には、何か特別なものがある。

小さいの頃そう感じていたのは、何も私が8月6日生まれだからではない。

ただ、その日はいつも夏休みなので学校がなく、朝から家でテレビを見ていることが多かった。すると群衆が一分間こうべを垂れるあの儀式に見入ることになり、胸がぎゅっと締めつけられるような気持ちになった。

平和記念式典と誕生日。子供のころセットだったふたつのことは年齢を重ねるうちに関係がなくなり、アメリカに住むようになって忘れた。向こうでは広島や長崎についての報道は滅多になく、原爆について考える機会も減った。誕生日の方は、できれば普段通りに過ごしたいのに、パーティー好き文化に染まった友人や家族に引っ張り出されてドンチャン騒ぎをくり返すようになった。

でもある年、まるでしっぺ返しみたいに、突然「あの日」がやってきたことがあった。

 

時差があるかの地では、広島への原爆投下は8月5日だ。その年の8月5日に私が送られた取材先は、レキシントンというサウス・カロライナ州の田舎町だった。国の兵士たちを讃える銅像の除幕式が行われ、炎天日にもかかわらず、公園にはたくさんの人が集まっていた。

祝辞は延々と続いた。残すところあと二人になったところでポール・ティベッツが紹介された。広島へ原爆投下した爆撃機エノラ・ゲイを操縦していたパイロットだ。この日の特別ゲストの登壇に、会場は静まり返った。

「私は祖国のために戦い、職務を全うしました」

氏はありきたりな言葉で、ありきたりな話しに終始した。過去に無神経な発言をして問議を醸したことがある人物にしては、ずいぶん大人しい口調だった。悔恨の意があるとはもちろん言わなかったが、偉業を成し遂げたとも言わなかった。なんとなく身構えていた私は拍子抜けした。

神への感謝を繰り返してから、彼はゆったりとした足取りステージを降りた。(ティベッツ氏はそれから数年して亡くなった。火葬された彼の灰は大西洋に撒かれたが、墓を建てなかったのは、そこが平和主義運動の標的になることを本人が恐れたためだという)

 

問題は次の人物だった。ジェイク・ノッツは刑事から政治家に転身した地元の保守系議員で、もともと口が悪いことで知られていた。ゲストの無難なスピーチが気に入らなかったのかもしれない。あるいは、ホストとして式を盛り上げようと張り切ったのだろうか。

「奴らが始めたケンカをオレたちは終わらせただけで… 地球上で一番すごい国家であるアメリカの… 彼のような男がいるから今の世界の平和があり… 自由を守るための戦いはヒロシマで終わることなく…」

聞くに堪えない演説だった。私もプロの端くれなので、必要とあらば感情にフタをしたまま写真の撮影に専念することができるが、このときばかりはそれが難しかった。聴衆のあちこちから拍手がおこり、「U.S.A.」のかけ声が上がる。ノッツ氏が叫ぶようにしてスピーチを終えると、銅像の上の幕が降り、音楽隊の「ゴット・ブレス・アメリカ」の演奏が始まった。

私も銅像の方へ移動を始めた。が、次の瞬間、頭部に衝撃を感じて思わず立ち止まった。予定ではこのタイミングで特大の国旗がポールに翻るはずだったのだが、誰かがロープの操作を誤ったらしく、旗は閉じたまま地面に向かって落下して、ちょうどポールの下を歩いていた私の頭を直撃したのだ。

担当者はすぐにロープを拾って引っ張り、旗は何事もなかったかのように舞い上がった。誰も気づかないような小さなアクシデントだった。頭に当たったと言っても、布のかたまりなので怪我をしたわけでもない。それなのに、私はその場から一歩も動けなくなった。

 

私は激しい疎外感を感じていた。自分がなぜその場いるのか分からなくなった。怒りがこみ上げてきて、大きな声で叫びたかったが、何をどう叫んだらいいのか分からなかった。この日一番の盛り上がりを見せる群衆を前で、私はひとり馬鹿みたいに突っ立っていた。

突然、誰かの手が私の肩に乗せられた。振り向くと、灰色の目をした初老の男性が立っていた。彼は何も言わず、小さく頷きながら、掌に力を込めて私の身体を軽く揺すぶった。

「お前の気持ちは分かる」と言ったような気がした。

「同志よ、戦争とは悲惨なものだな」だったかもしれない。

とにかく彼は私に向かって暖かい何かを送り、それはこわばりかけていた私の心をほぐすのに充分だった。

それだけだった。無言のまま彼は立ち去り、私は最後まで仕事を続けた。

それだけのことだったが、彼の行為は今も私の記憶に深く刻まれている。その気になれば、あの大きなの手の指一本一本の感触だってはっきり思い出すことができる。

 

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