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暮らしてみたアメリカのこと。留守にしていた日本のこと。

大岡信の「地名論」

授業中の教授がそわそわし始めた。顔を赤らめている。

もったいぶった前置きの後、おもむろに詩の暗誦を始めた。

ポーの「アナベル・リー」だった。

大の大人が若者に向かって詩の朗読することの気恥ずかしさは、自分がおじさんになった今なら理解できるけど、生意気な大学生だった私は「何を照れてるんだよ」と思いながら聞いていた。

聞き終えて、その詩の良さはわからなかったけれど、教授のポーの作品への思いの深さは垣間見えた。「へえー」と思ったのを覚えている。

 

詩人の大岡信さんが亡くなった。

評論も詩も難しくてほとんど読んでいない。私にとって彼はずっと朝日新聞「折々のうた」の選者だった。日替わりで古今東西の詞が解説つきで紹介されるので、まるでマジシャンみたいだと思っていた。

でもあるとき、彼の「地名論」という詩を見つけた。外国行きを夢見ていた当時の私の心にスコーンと響いた。まだ見ぬ土地の名前を口にするだけで湧き立ってくるその感じがよかった。

今の私に暗誦できる詩はひとつもないが、学生のころ好きだった一篇をあげろと言われれば、これにするかもしれない。

当時とても気に入ったので、紙に書き写して枕元の壁に張った。ランボーの「地獄の季節」を貼ったこともあったけれど、ジリジリとした焦燥感が湧いてくる天才の青春潭と違って、こちらはひたすら肩の力が抜けて具合がよかった。世界をひと回りした後、けだるい現実に引き戻される終わり方も好きだった。

 

「地名論」

 

水道管はうたえよ

御茶ノ水は流れて

鵠沼に溜り

荻窪に落ち

奥入り瀬で輝け

サッポロ

バルパライソ

トンブクトゥーは

耳の中で

雨垂れのように延びつづけよ

奇体にも懐かしい名前をもった

すべての土地の精霊よ

時間の列柱となって

おれを包んでくれ

おお 見知らぬ土地を限りなく

数えあげることは

どうして人をこのように

音楽の房でいっぱいにするのか

燃え上がるカーテンの上で

煙が風に

形をあたえるように

名前は土地に

波動をあたえる

土地の名前はたぶん

光でできている

外国なまりがベニスをいえば

しらみの混ったベットの下で

暗い水が囁くだけだが

おお ヴェネーツィア

故郷を離れた赤毛の娘が

叫べば みよ

広場の石に光が溢れ

風は鳩を受胎する

おお

それみよ

瀬田の唐橋

雪駄のからかさ

東京は

いつも

曇り

 

読み返してみて、かつてと同じようには心は動かなかったけれど、やっぱりいいなと思った。行ってみたい土地はまだまだある。

大岡さん、ご冥福をお祈りいたします。

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