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暮らしてみたアメリカのこと。留守にしていた日本のこと。

ファーガソンについて

ひと月ほど前、黒人少年を射殺した白人警察官がアメリカのミズーリ州で不起訴になり、各地で暴動やデモが起こった。 私の同僚によると、「全米が震撼」というフレーズは日本のメディアで最も多用される見出しのひとつらしいが、この話題にもあちこちで使われ…

湘南新宿ライン 3

おっさんの耳たぶなんか見たくない。おねえさんのうなじだってそんなに近くで見たくない。 誰のであれ、しみや産毛やほくろは見たくない。 つり革広告に助けを求めたり、目を閉じたり。スマホや文庫本に逃げるのが一番だけど、激混みの状態ではそれすら許さ…

偶然のことば

自分より年下が多い職場にいるからだろうか、同僚から恋愛相談をもちかけられることがある。たいしたアドバイスはできないので、話しを聞くぐらいなのだが、嘆いたり喜んだりくるくる変わる若い人の顔は端で見ていても気持ちがいい。こういう感想を持つこと…

撮らない至福

「最後の最後で、写真はどうでもよくなったんだ」 ケビン・リヴォリはテーブルの上に並んだモノクロのプリントの前で静かに言った。続けて「わかるだろ?」と同意を促した。 ニューヨーク州のロチェスターにある新聞社だった。仕事の面接に訪れていた私に、…

参観ブルース

娘の授業参観に行ってきました。彼女の小学校は私が通った小学校の近くにあります。 教室の広さは変わっていないので、生徒数の少なさが目立ちました。50人近くいた私の頃と比べるとほぼ半数。当時は机で埋まっていた教室の後方もぽっかり空いていて、親たち…

ベースボールとジャズと憲法と

ケン・バーンズという米国人がいる。ドキュメンタリーの世界の大御所で、彼が好んで使う写真接写のスローモーションは「ケン・バーンズ効果」と呼ばれ業界用語にもなっている。 彼曰く、アメリカには三つの偉大な発明がある。野球、ジャズ、そして合衆国憲法…

海辺にて

「僕みたいな人間をメンバーにするクラブには入りたくないね」とはウディ・アレンのよく知られたジョーク。いかにもな自虐ネタだけど、それは彼に「ユダヤ人」というクラブのレッテルを常に貼りたがる周りへの皮肉であり、異議申し立てでもある。 アメリカの…

いるのかどうかわからない

仕事に行き詰まりを感じたその日、私は昼休みを使って職場近くの公園を散策した。先月のことだ。 ベンチでくつろぐ人のなかに、サックスを黙々と吹く青年がいたので、私は自分が高校生の頃見た風景を思い出した。渋谷にはときどきレコードを買いにきたが、そ…

かわいい子の旅、一人ぼっち

お盆休み前の電車は空いていた。それでも通勤風の乗客は多く、私も仕事に向かう途中だった。 空いている席に腰を下ろして本を読んでいると、誰かが目の前を行ったり来たりする。顔を上げると年の頃7、8才の少年だった。カバンと水筒をたすき掛けにして、ど…

ヒロシマにまつわる個人的なエピソード

8時15分から始まる黙祷には、何か特別なものがある。 小さいの頃そう感じていたのは、何も私が8月6日生まれだからではない。 ただ、その日はいつも夏休みなので学校がなく、朝から家でテレビを見ていることが多かった。すると群衆が一分間こうべを垂れるあの…

ファンの愚痴

今となってみれば、「自分たちのサッカーをする」という選手たちの言葉はとても稚拙に聞こえる。まるで人生経験の浅い若者が、「自分らしく生きる」と宣言したみたいだ。誰が言い出したのか、このフレーズは繰り返し使われ、私たちファンは甘い夢をみた。 ど…

その華麗なる手口

私は今、とても人気がある。 知らない人たちからひっきりなしにメールが届き、写メを見てくれだの、ひと目会ってくれだの、何でもいいからとにかく連絡をくれだの、引く手あまたなのだ。 かる~くて卑猥な誘いがほとんどだが、なかには深刻な悩み相談もある…

ジュリー(写真について 4)

先日アメリカの友人と再会した。彼女はこの2、3年ほど体調を崩していたので、まさかこのタイミングで、しかも日本で会えると思わなかった。 待ち合わせ場所の東京駅に着くと、ブルネットのショートヘアの後ろ姿が見える。スレンダーで、ちょっと猫背。傍らに…

してやられた

ナイアガラ国際映画祭が始まったのは、90年代後半のこと。カナダの、今でもかなりマイナーな映画際だけれど、初年度は特に小さな催しだった。 滝の近くのホテルで開かれた前夜祭に行くと、名前も顔も知らない俳優や映画監督が談笑していた。彼らの写真を撮っ…

ボン・イヴェールが好きな3つの理由

音楽家は音楽評論家が苦手らしい。「あいつらは元々ミュージシャン志望だから、心のどこかでオレたちに嫉妬しているんだ」と言うロックンローラーさえいる。しかし彼らの作品を広く知らしめるには評論家の後押しも必要だ。作家と文芸評論家の間柄みたいなも…

全世界的なエントリー

私には20代の甥が二人いる。どちらもしっかりした好青年だ。上の彼はすでに就職していて、最近結婚して子供も産まれた。 その彼の勤め先がアメリカでも事業を展開しているという。 「じゃ、いずれはあっちに?」と尋ねると、「いや、別に」という返事。 外国…

捨てぜりふのすすめ

チャックは辛口な男だ。他人に口厳しい分、逆に口撃の標的になる。 先日のパーティーでも小賢しいことを言われて冷笑された。周りでも小さな笑いが起き、恥をかいたと思いきや、起死回生、彼はもっと辛辣な言葉でやり返す。相手は愚の音も出ず周りでは大きな…

メディア・ストーム

アメリカでは小さな街に住んでいたので、日本人が大勢で訪れると、それだけで地元のニュースになることがあった。 日本の色々なことに飢えていた私は、取材にかこつけて彼らに会いに行った。 学生と言葉を交わしたりビジネスマンと名刺を交換したりした。あ…

山田町再訪

「生きたかったら逃げろ」 何本目かの煙草をくゆらせながら、ボソッと東海林さんは言う。 「で、年寄りから先に見捨てろ」 彼にも家族がいる。だから「自分でもできっかわかんねぇけどな」とつけ加える。 あの日、彼の家族は海から遠いところにいた。自営の…

それはそれですごいこと

「岩部高明様ですね? お待ちしておりました」 大袈裟でなく、でも事務的すぎない。暖かいけれどクールに抑えが効いている。それがあまりにも絶妙な挨拶だったので、到着した仙台のビジネス・ホテルのフロントで、私は彼女に本当に待たれていたような気持ち…

続・繰り返すことの難しさ Part III

私は映画『スター・ウォーズ』を観たことがない。そのことをパーティの席で口にすると、目の前のアメリカ人に「お前はそれでも人間か?」と言わんばかりに驚かれた。 「『ゴッド・ファーザー』なら全部観てるよ」と切り返したが、その意味するところが彼に伝…

火星人となりそこないのヒーロー

職場の食堂でカレーを食べていたら、テレビのアナウンサーの絶叫が聞こえてきた。日本人の誰かがメダルを取ったらしい。よかったよかった。 でもそれがフィンランド人でも中国人でもアルジェリア人でも、私は同じように「よかった」と思う。最近特にそう感じ…

博士の異常な薄情

「外国人のアナタに、いったい記者が務まるのかね?」 革張りの大きな椅子に深く身を沈めたまま、クレッカリー博士はこちらをギロリと睨みつけた。彼女の黒い肌は机の上のランプの光でオレンジ色に染まっている。 私は驚いて、抗議の言葉を探した。 「そんな…

ダブルテイク

その女性は輝いていた。窓から差し込む朝日をいっぱいに浴びて、目を閉じながら、ラフマニノフのピアノ協奏曲に聞き惚れていた。 夜が明けて間もない渋谷の松濤。出勤前の一杯が飲みたくて開いたばかりの喫茶店に入ると、先客が一人いた。ブースの一画に座っ…

モノの話し

あの人は買い物が好きだった。私は大嫌いだ。 嫌いだから、買おうと決めた品物へ一直線に向かい、お金を払ってそのまま店を出る。それが私の長年の習慣だった。それなのに、最近はもう少し手間ひまをかけるようになってきた。なぜだろう? 経済的な理由? 昔…

すみません、中間報告です

日本に帰国してもうすぐ7ヶ月になる。妻と娘たちにとっては5ヶ月。いろんな意味でゼロからの再スタートだけれど、今のところ誰もへばらずにやっている。子供の、そして女性のタフさと柔軟性に改めて感心している。 帰ってきてまず何に日本を感じたかというと…

断スマの長い一日

おとといヘマをした。携帯を忘れて出かけた。 その日はとくに忙しかったので、家を出てから帰宅するまでの15時間を「ケータイレス」で過ごしたことになる。ここ数年で初めての事態だ。 出勤してすぐ妻にメールで電話がないことを伝え、昼休み前には同僚に会…

デビュー失敗

「North Marine Drive」 そのバーのサインを見たとき、私にはピンとくるものがあった。ベン・ワットが1983年に出した同名のアルバムは、かつて私のお気に入りだった。若さゆえの煌めきと昏さが内包されたクールなフォーク・ロックに、当時15才だった私は揺さ…

嘘つきリサとパパラッチ

アメリカ東南部で最大規模を誇る私立女子大学、メレディス・カレッジ。 リサ・ジェーン・フィリップスは、空軍の制服を着てキャンパスに現れた。左胸に沢山の勲章を着用した30すぎの新入生に、高校を卒業したばかりのクラスメートたちは圧倒された。2002年の…

橋の下のケンカ

日本の夏が長くなってきているという。帰国した5月半ばは過ごしやすかったが、しばらくして半袖を着るようになり、9月いっぱい衣替えをする必要がなかったから、4ヶ月間夏の装いで過ごしたことになる。これは私の覚えている日本の季節とあきらかにズレがある…