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暮らしてみたアメリカのこと。留守にしていた日本のこと。

Mr. プレジデント!(2)

急な動きをしない。これはアメリカの大統領、副大統領、そして彼らの家族を取材するときの鉄則だ。

同僚のジェフ・ウィルキンソンは、そのことを忘れていたらしい。当時の副大統領夫人、ティッパー・ゴアのインタビューを終えた後、聞き忘れた質問があることに気がついた彼は、歩き去る彼女の背中に「ミス・ゴア!」と声をかけ走りかけた。

次の瞬間、激しい形相の護衛二人に行く手を阻まれた。襟首を掴まれそうな勢いだった。

今しがたインタビューしていた記者に対してこの反応だ。シークレット・サービスのエージェントのテンションの高さは尋常じゃない。

でもこの過剰な警護を世間は容認している節がある。ジェフの場合も、乱暴に取り押さえられなくてラッキーだったというのが同僚たちの見立てだった。

なぜだろう?

 

ケネディ、そしてレーガン。彼らが銃弾に倒れる映像は日本人の私でも何度も繰り返し見ている。アメリカ人ならすぐ思い浮かべられるシーンだろう。加えて、大統領暗殺をモチーフにした膨大な量の小説やTVドラマや映画… 

ひょっとすると、国のリーダーを暴力によって失うという悪夢は、アメリカ人のコレクティブ・メモリーの一部になっているのかもしれない。あるいは潜在的な恐れになっている。そう考えると、大統領が市井の人間と交わる時の異様な興奮も説明がつく。

つまり、熱狂のただ中で、人々は一抹の不安を持っている。何かが起きるかもしれない、目の前の風景が暗転するかもしれないという悲劇の予感が、奇妙な高揚感を生んでいるのではないだろうか。

 

警護する人間は目立つ必要はなく、むしろ群衆に紛れた方が仕事はやりやすいはずなのに、エージェントたちの姿は一目瞭然だ。

でもそこは、過剰な演劇性が伴うアメリカの政治だ。お決まりの格好でテンパっている彼らは、大統領演説というプレミアムな舞台に不可欠な役者でもある。(ちなみにシークレット・サービス=白人男性というイメージが強いかもしれないが、アジア系を含めた有色人種や女性のエージェントもいる。きちんとポリティカリー・コレクトのイメージを打ち出しているあたりにも、見られていることを充分に意識していることがうかがえる)

クリントン、ブッシュ、オバマの3氏を合わせると、大統領の演説を十数回は取材したが、エージェントたちの仕事ぶりは見事だった。素人目に見ても、前回のエントリーでふれた事前チェックを含めて、警護の体勢は完璧だった。

いいアングルを求めて椅子の上に立ったり、所定の位置を出そうになるとエージェントたちの刺すような視線を浴びた。小走りなんてとんでもない。待ち時間に彼らに話しかけたことがあるが、いつも完全に無視された。この国で人に話しかけて無視されるなんてありえないのに。

 

でも一度だけ、彼らのずさんな対応を目の当たりにしたことがある。

ジョージ・ブッシュのサウス・カロライナ州遊説の取材で、空港での到着・出発を担当したことがあった。事情は忘れたが、その日は地元空港の奥にある人目につかない滑走路を使用することになっていた。

厳しい荷物と身体のチェックを受けてから、テレビとスチールのカメラマン5、6人が空港の敷地内に通された。滑走路の脇にすでに設置されてあった、農業用の荷台のようなものに登れという指示を受ける。そこから大統領と大統領夫人を撮影する算段だった。

エア・フォース・ワンが到着して、夫妻が姿を見せた。タラップの下に地元の議員たちが来ていたが、一般人の出迎えはなかったので、二人が遠くを見て手を振ったのはカメラマンのために行った演技だ

夫妻がタラップを降りて、数人の手を握り、黒塗りの車に乗り込んだところでその日の仕事の半分が終わった。後は彼らが戻ってくるところを撮影するだけだ。ただそれまで数時間あったので、我々はいったん空港の外に出た。

 

午後遅く、指定の場所に戻ったときのことだ。

エージェントが先頭のカメラマンの荷物チェックを始めたのだが、朝と同じ顔ぶれということがわかると、いかにも面倒くさいという様子になり、そのまま全員を空港内に招き入れてしまった。

私を含めた残りのカメラマンが、検査を受けずにチェック・ポイントを通ったことになる。つまり、誰かが武器を隠し持っていたとしてもわからなかった。

可能性がゼロという話ではないだろう。報道に携わる者に過激な思想の持ち主がいないとは限らないし、場合によっては記者証そのものが信用できないということもあるはずだ。2度目のチェックが甘いことを見込んで、拳銃や爆弾の持ち込みを図る者がいてもおかしくない。

荷台で一行の到着を待っているあいだ、私は妄想の世界に入ってしまった。

「もし私がピストルを持っていたら、どうなるのだろう?」

荷台の両端に一人づつエージェントが配置されてたが、彼らは飛行機寄りに立っていた。つまり我々カメラマンの動きは視野に入っていない。さらに飛行機の周りに4、5人のエージェントがこちら向きにポジションをとっていたが、距離にして20メートル以上はあった。

カメラマンが突然カメラを武器に持ち替えたら、瞬時に反応できるのだろうか? そんなことを考えているうちに、夫妻が到着した。

タラップをゆっくり登り、登りきったところで振り返る。笑みをたたえながら手を振った瞬間、連続でシャッターを切った。

 

皆が緊張感から解放されるのは、飛行機の離陸を見届けてからだ。

我々カメラマンはオフィスに電話を入れ、同行しなかったエージェントたちは撤退の準備を始めている。

荷台から降りるとき、背後の空港事務所のビルの屋上に人影があることに気がついた。よく見ると、スナイパーが二人、ライフルを手に談笑していた。

私はそこでようやく納得した。

この広いエリアを彼らがどう俯瞰していたのか知る由もないが、カメラマンの一人が不審な動きをしたら、すぐに察知した事だろう。まして、カメラ以外の飛び道具を手にしたとしたら、間髪を入れずに頭を打ち抜いていたに違いない。

 

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